2009年10月3日土曜日

mainichi hasshinbako 20091003

発信箱:メールと文学=大井浩一(学芸部)

 「だって/じことかてろとかてんぺんちいとかさくじょとかやべーし」

 1970年生まれの詩人、水無田(みなした)気流さんの最新作の一部分だ。事故、テロ、天変地異、削除といった語句の平がな表記に、若者がよく口にしそうな言葉遣い。ケータイメールや、インターネット上の会話が思い浮かぶ。

 文学や学術の分野を10年余り担当してきて、変わったなと思うのは、作家など寄稿者のメール入稿が増えたことだ。90年代半ばには、ワープロ専用機(これもほぼ死語)で原稿は書いてもメールを使いこなす人は少なく、送稿はファクスが主流だった。

 それはともかくとして、この間、未解決のままの問いが一つある。「ワープロ(パソコン)は表現を変えるか」だ。

 現状を示す一例が、水無田さんら「ゼロ年代詩人」の存在である。21世紀に入って本格的に詩作を始めた一群の20、30代の人々。多くがネットに親しみ、最初からパソコンで創作していると思われる。

 残念ながら、まだ一般の認知度は低いが、一方、短歌や俳句の世界でも最近、若い世代が意外に次々と登場し、新鮮な感覚の作品で注目されている。少 なくとも、パソコンで書き、メールで投稿するといった環境の変化が、小説を含め創作への敷居を低くしてきた効果は、確実にある。

 むしろ、新しい表現の可能性を読み取る年長世代の評価力が問われているとも言える。作家の古井由吉さんは数年前、「バブル経済崩壊後の感性で書か れた作品がなかなか出てこない」と話していた。その意味では、ようやくバブル後の混迷と停滞の時代に見合った表現が生まれつつあるのかもしれない。期待を 込め、注視していきたい。

毎日新聞 2009年10月3日 0時08分



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