2009年10月28日水曜日

asahi shohyo 書評

日本の空をみつめて—気象予報と人生 [著]倉嶋厚

[掲載]2009年10月25日

  • [評者]平松洋子(エッセイスト)

■空と心のうつろい豊かにつづる

 季節の気配は空のなかにある。きょうは空いちめん、絹糸のようなすじ雲が広がっていた。

 空は刻々とうつろう。ひとのこころもまたおなじ。そのふたつのありさまに気象の専門家として自身を映し、空をみつめてきたのが倉嶋厚さんである。

 なんという豊かな一冊なのだろうと思う。なんという切なさに溢(あふ)れた一冊だろうとも思う。

かつて倉嶋さんには七十三歳のとき鬱(うつ)病を患って自死をはかり、復帰をはたした経緯がある。その苦渋の日々を綴(つづ)った著書はおおきな反響を呼んだ。本書に編まれているのは、それ以降に書かれた文章である。

 まえがきでみずから「最後の著書」と断じ、過去二十数冊の著作と違うのは「八十歳代の老年となり、妻を亡くした孤老の暮らしの中で、残り少ない日々にみつめている空への思いが強く出ていることにある」。

 まず第一章で、やわらかなこころの道程に出合う。少年時代に抱いた父への思い。中央気象台の養成所で学んだのち海軍気象部に赴任、終戦を迎えた特攻隊の訓練基地での経験。自然がすきで孤独癖のあった少年がしだいに空に魅(ひ)かれてゆく「来し方」を知ることになる。

 第二章「季節と言葉」、その豊饒(ほうじょう)はどうだろう。「息白し」「光る雨」「山笑う」「水平虹」「花笑み」「秋忘れ」「冬萌(ふゆもえ)」……季節の流れに題材をとりつつ、縦横に気象の知識と真情が綴られる。

 古来、日本人は起き抜けのわずかな冷えにも季節を探り、捉(とら)え、思索を深めながら詩歌や物語をあらわしてきた。季語はその手がかりのひとつである。小春日和は来(きた)る冬の季語。「徒然草」には「十月は小春の天気」とある。倉嶋さんは記す。

 「今ようやく心の深い落ち込みから脱し、何回目かの小春日和の中にいる。次の木枯らしは確実に来るだろう。しかしただ恐れるのではなく、今やらなければならないこと、そして今ならできることを精いっぱいやったら、心静かに美しい夕焼け空を眺めていようと思う」

 この十月二十三日、二十四節気の暦では霜降(そうこう)に入った。

 いよいよ冬隣の日々である。

    ◇

 くらしま・あつし 24年生まれ。気象キャスター。『やまない雨はない』など。

表紙画像

日本の空をみつめて—気象予報と人生

著者:倉嶋 厚

出版社:岩波書店   価格:¥ 2,100

0 件のコメント: