2009年10月21日水曜日

asahi shohyo 書評

ナチスの女たち—第三帝国への飛翔(ひしょう)/ナチスの女たち—秘められた愛 [著]アンナ・マリア・ジークムント

[掲載]2009年10月18日

  • [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

■非道な思想を支えた女性たちの素顔

  両書がドイツ、オーストリアで出版された折には一大センセーションを巻き起こしたという。訳者のあとがきによれば、ナチズム研究の一方向が開かれることに なったというが、ほぼ十年を経て日本人読者の目にもふれることになった。ナチス権力の裏側にどのような人間関係があるのか、とくに指導者の周辺に蠢(うご め)く女性たちの素顔が詳細にわかるのだが、そこからは特異な時代を反映した女性の生き方が浮かびあがる。

 両書には十四人の女性が語られている。歴史家でジャーナリストの筆になるだけに描写は精緻(せいち)をきわめている。ヒトラー の実質的な夫人ともいうべきエーファ・ブラウンを始めヒトラーの愛人とも噂(うわさ)された姪(めい)やヒトラーに思いを寄せるイギリス貴族の娘、ゲーリ ングの二人の夫人やゲッベルス、ボルマン、ハイドリヒなど幹部の夫人、さらにはナチス党大会、オリンピックなどの記録映画を撮影した監督、ナチス思想に引 かれた女性パイロットなど多彩な女性が登場する。ナチズムの女性像とは著者によれば、つまりは「十九世紀の社会ダーウィニズムに由来」していて、とりたて て新しい像ではないという。第三帝国の継承者を大量に産む女性こそ理想ということなのだろう。

 十四人のなかには、その理想を人生の目標に据える者もいる。

 幾人かの印象的な女性の姿がある。たとえばユダヤ人収容所の医師の妻カロリーネ・ラシャーは、夫の子を身ごもることができずに 最後には幼女誘拐を行って、「ヒトラーのための子供」を手に入れようとする。ゲシュタポの長官夫人リナ・ハイドリヒは夫の仕事に同化し、いかなる批判を受 けようとも自分たち二人はゆるぎのない最高の友達なんだと確認する。なるほどナチスの非道さには妻の支えがあったとわかる半面、ユダヤ人虐殺の噂に困惑す る女性たちも存在していた。ゲーリングの政治的な動きに関与しなかったエミー・ゲーリングはこうした収容所は「政治的な再教育のためのもの」で、ゲーリン グも事実は知らされていなかったと主張している。

 総統付きのカメラマンの娘で、ヒトラーにも目をかけられていたヘンリエッテ・フォン・シーラハは、虐殺の噂を耳にしてヒトラー に確かめている。ヒトラーは激高し、「あなたは感傷的すぎる! オランダのユダヤ女たちが、あなたに何のかかわりがあるというのだ!」とどなったという。 はからずもヒトラーの哲学にふれた女性のその後の変貌(へんぼう)もまた史実たりえているのである。

 歴史が動く時間のなかで、ここにとりあげられた女性たちは総じて生理的であり、感情的である。その半面、ときにそれが醒(さ) めたときはきわめて直截(ちょくせつ)に現実と向き合う女性もいる(たとえば映画監督のレニ・リーフェンシュタール)。本書が今に教えていることは幾つも あるが、その最大の教訓はナチスの指導者たちがかかえこむ第一次大戦後の社会病理に共鳴した女性たちの悲劇の姿ということであろう。

    ◇

 西上潔ほか訳/Anna Maria Sigmund オーストリア生まれ。歴史家・学術ジャーナリスト。ウィーン大学で歴史、美術史を専攻。『総統の親友』『悪霊、独裁者、扇動家。アドルフ・ヒトラーに関する問いと答え』(未訳)など。

表紙画像

ナチスの女たち—第三帝国への飛翔

著者:アンナ・マリア ジークムント

出版社:東洋書林   価格:¥ 2,520

表紙画像

ナチスの女たち—秘められた愛

著者:アンナ・マリア ジークムント

出版社:東洋書林   価格:¥ 2,520

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