2009年10月21日水曜日

asahi shohyo 書評

バカ丁寧化する日本語 [著]野口恵子

[掲載]週刊朝日2009年10月23日号

  • [評者]谷本束

■今日びの日本語はアナウンサーまでオモロイ

 敬語の間違いというのは昔からあれこれ言われてるんだけれども、はて、最近はどんな具合になっているのだろうと読んでみたのがこの本。すごいことになってます。

 筆頭に挙がっているのが、「させていただきます」。歌手は「舞台に上がらさせていただく」のだし、芸人がご飯を食べれば、「い ただかさせていただきます」。なんでもかでもさせてさせてで、この上「させていただきたいというふうに思います」などとつなげたりして、どうも長けりゃ丁 寧だと思われてるフシもある。なにしろ、過剰。

 今日びはアナウンサーまで「(容疑者が)凶器の使い方をご自宅でも練習されていた」「この会社は賞味期限改ざんをなさって」となかなかオモロイことを言うらしい。

 いまや日本中、老いも若きも使いなれない敬語にあたふた。本書のあちこちから著者の深ーいため息が聞こえてくる。

 だが、商売の時や選挙演説は過剰な敬語で飾り倒すのに、日常で敬語を聞かなくなったのはなぜだろう。

 以前、知り合いの女性が四歳の娘に年配の男性のことを「○山さん」とよばせていて驚いたことがある。私の感覚では、子供が大人 によびかけるときは「おじさん」か「おばさん」で、名前だけでよぶのは失礼だと感じるのだが、上下の関係はよくないと思われるのか。敬語がどうの以前に、 他者に対する自然な敬意、その感覚自体が限りなく薄くなった印象がある。

 といって、セールスの電話なんかこれでもかと敬語を使うが、バカ丁寧で慇懃無礼。こっちも全然立てられている気がしない。

 本書の最後にこんな三択問題がある。漁村のおばちゃんが新鮮な魚を試食してもらおうと声をかけている。どの言い方がいいか。著者が選ぶのは、「ほれ、うめえから、食ってけ」。心からの気持ちと笑顔があれば、こんな素朴な言葉で温かな敬意を表せると述べている。

 敬語の本質は何かと考えたとき、話し手にいちばん必要な部分が、今の社会からはごっそり抜け落ちていることにはたと思い当たる。

表紙画像

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