2009年10月19日月曜日

kinokuniya shohyo 書評

2009年10月19日

『St. Lucy's Home for Girls Raised by Wolves』Karen Russell(Random House)

St. Lucy's Home for Girls Raised by Wolves →bookwebで購入

「アメリカ・コンテポラリー文学の流れのなかの一冊」


 この本はアメリカ文学界に登場した新鋭作家カレン・ラッセルのデビュー短編集。彼女は『ニューヨーカー』誌の「25歳以下の注目すべき25人」のひとりに選ばれ一躍注目を浴びるようになった。

 この作品を読むといまのアメリカ文学(特に短編作品)のひとつの流れが読み取れる。流行という言葉は軽すぎるかも知れないが、この10年間程度で特に人気が出てきた文学の流れだ。その流れを一言でいうなら「フェイブリズム」、つまり寓話的な文学だ。

 ジョージ・サウンダースを筆頭とするこの部類の作家たちは、例えば80年代にカヴァーたちが華やかに見せてくれた日常生活の中での「リアリズ ム」(ジョンは52歳。今朝、妻のアリスと喧嘩をしてしまい、バーのカウンターに座り酒の入ったグラスを片手に離婚のことを考えている、というような書き 方)を意識的に避けている。

 ラッセルの物語の設定は現実から離れているが、描かれる人物には真の感情が読み取れる。表題作の『St. Lucy's Home for Girls Raised by Wolves』はオオカミ人間を両親に持つ娘たちが、修道女たちの手によって人間社会の決まりを教え込まれる物語だ。その過程は子供の世界から大人の世界 への脱皮のメタファーとも取れるが、文化間の衝突の話とも取れ、アメリカという異国で長く暮らす私にとって興味深い物語だった。

 『Haunting Olivia』では、船の墓場で魔法の水中メガネを使ってふたりの兄弟が、海上で行方不明になってしまった妹を探す物語だ。また、ミノタウロス(牛頭人身の怪物)を父に持つ少年の話も出てくる。

 「僕の父、ミノタウロスはどの男より頑固だ。そう、農場を売って四千ポンドもある幌馬車を自分で引っ張って西部に向かうと決めたのは彼だった」

 ラッセルの作品の中では特に子供が重要な役割を果たす。彼らの周りには危険な大人、怪物、生活の中にいない親、もののけなどが徘徊している。主人 公たちにはそれらの存在を素直に受けいれてしまう純真さと危うさがつきまとう。そうしてある者は、永遠にもとには戻れない一歩を踏み出す。

 寓話的な小説を書く作家のなかでもラッセルの作品はブラックユーモアを押し出すものでなく、ノスタルジックで、しっとりとした余韻を残すものが多 いようだ。そして、作品には『人工雪パレスと雪女』 『混乱したドリーマーたち向けのZZの寝続けキャンプ』など意表を突くタイトルがつけられている。

 若くして高い評価を受けたラッセルの短編集。アメリカ・コンテンポラリー文学の流れの中にある作品だ。


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