2009年10月13日火曜日

asahi shohyo 書評

安心社会を創(つく)る—ラテン・アメリカ市民社会の挑戦に学ぶ [編]篠田武司、宇佐見耕一

[掲載]2009年10月11日

  • [評者]南塚信吾(法政大学教授・国際関係史)

■新たな貧困に立ち向かう住民組織

  ラテンアメリカでは、驚くほど多くの住民組織の運動が多様なイニシアチブを発揮して、「新自由主義」のもたらす「新たな貧困」に立ち向かっている。 1980年代からの「新自由主義」による市場原理の追求は、マクロ経済の成長など一定の成果を上げたが、地球的規模で社会的不平等と新たな貧困を作りだし た。なかでもラテンアメリカは「新自由主義」の影響を最も早期に受けてきた。その影響の中でも、本書は、人間らしい生活を実現・享受する機会を剥奪(はく だつ)されている状態を「新たな貧困」として重視している。

 1990年代から、これを克服しようという市民の運動が起きた。それは、「地域コミュニティーを基盤とし、それに支えられなが ら人々が自らの人生を編成し、社会に平等に参加し、さまざまな機会を得ることのできる社会」をめざす運動である。それは、さまざまなNPO、NGOなどの 社会組織によって行われ、福祉、環境保護、地域づくり、文化・教育の分野における「安心社会」の構築を目指しているという。

 本書は具体的な興味深い例を挙げている。メキシコでは、貧困化する女性を守ろうと多数のNGOが健康・保健・教育の分野で活躍 している。ブラジルでは、貧困のために学校に行かない子供たちへの「路上教育」を行う社会運動が進められ、子ども自身が主体となる運動も登場している。多 民族的なエクアドルでは、先住民族の生活を脅かす開発への反対が、先住民族自身による「代替」案の提起にまで発展した。ブラジルの都市クリチーバは建物や 車ではなく人間の生活を中心にした街づくりを市民参加によって進め「環境都市」と呼ばれるようになった。アルゼンチンなどでは住民の間での「補完通貨」が 重要な役割を演じている。

 こういう運動に住民を参加させ意識を変えていくボランティアらの辛抱強い努力に感動させられるが、ラテンアメリカでのこうした「安心社会」への取り組みが、「新自由主義」下の日本の社会にも多くの教訓をもたらすことを期待したい。

    ◇

 しのだ・たけし 立命館大学教授。うさみ・こういち ジェトロ・アジア経済研究所研究員。

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