2009年10月28日水曜日

asahi shohyo 書評

書肆(しょし)ユリイカの本 [著]田中栞

[掲載]2009年10月25日

  • [評者]穂村弘(歌人)

■美の小宇宙を味わい尽くす

  美しい腕時計や本が買いたくなる。どうして腕時計と本なのかというと、どちらも小宇宙を感じさせるからだ。そのなかに一つの世界が閉じ込められていること に惹(ひ)かれる。本当は世界や人生が美しくあって欲しい。でも、とても無理。自分一人では世界は美しくできない。いや、自分一人の人生だってぐだぐだな のだ。だから、その代わりのように完璧(かんぺき)なモノを手に入れたくなるのだろう。

 「書肆ユリイカ」とは、編集者伊達得夫(だてとくお)が立ち上げて、13年間だけ存在した伝説の詩書出版社である。本書はここから生まれた250冊余りの美しい本たちを買いまくり、分析しまくるという本だ。

 著者は「一応、夫も子もある家庭の主婦なので」最初は控えめだった本の買い方が「ちょうど娘の大学受験・入学用にと誕生以来積み立ててきた現金が手もとにあったので『即金で支払えるぞ』と思った」という域に達するまでの加速感が凄(すご)い。

 さらにユニークなのは、分析といっても、本の中身ではなくて、徹底的に造本つまりモノとしての側面に拘(こだわ)っている点だ。

 「この文字は、伊達の次女である百合さんが小学生の時に書いた文字だそうだ。小学生の書いた稚拙な文字でありながらこの配置に 置かれると、なぜか格好よく映ってしまう」とは、或(あ)る装幀(そうてい)のレイアウトについての記述だが、図版でみる「蝙蝠(こうもり)」の手書き文 字が本当に良くてびっくりする。こんなに画数の多い字をわざわざ自分の子供に書かせたところにセンスと執念を感じる。

 伊達得夫は40歳で世を去るまで独力で美しい本を出し続け、その仕事は戦後の文学史、出版文化史に残った。先ほど「自分一人では世界は美しくできない」と書いてしまったが、それをやった人間がいたのだ。

 その成果を美しいモノの形で手に取るとき、詩書という少部数出版の世界だからこそという逆説の煌(きら)めきと共に、個人の情熱が直(じか)に世界や歴史に結びつく夢の感触が甦(よみがえ)る。本書はそんな宝石のような本たちを味わい尽くす喜びに充(み)ちている。

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 たなか・しおり 59年生まれ。書物研究家、製本・版画講師。『古本屋の女房』ほか。

表紙画像

書肆ユリイカの本

著者:田中栞

出版社:青土社   価格:¥ 2,520

表紙画像

古本屋の女房

著者:田中 栞

出版社:平凡社   価格:¥ 1,575

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