2009年10月21日水曜日

asahi shohyo 書評

格差・秩序不安と教育 [著]広田照幸

[掲載]2009年10月11日

  • [評者]耳塚寛明(お茶の水女子大副学長・教育社会学)

■未来を構想できる市民の育成を

  1990年代以降、教育政策が迷走を繰り返して日本的教育システムが崩れたことに多くの人々は気づいている。けれども、変化の断片をつなぎあわせて変化の 底流を明快に描いた著作は少ない。20編以上の硬軟多様な論考からなる本書は、この大主題に一貫して取り組んだ力作である。分析対象は現代だが、教育の歴 史社会学を本業とする著者の歴史眼を随所に感じる。

 70年代までの保守対革新という二極対立時代以後、教育政治は複雑化して非常にわかりにくくなった。それを著者は三極対立図式 を軸にわかりやすく説明する。三極モデルを構成するのは、(1)規制による質保障を志向し日本型教育モデルを維持しようとする族議員・文科省(2)市場原 理による質保障を志向した新自由主義的改革派(3)現場の自律性を重視する政治的リベラル・社民勢力の三者。90年代には新自由主義的な改革論者が、保守 グループを押しのけヘゲモニー(覇権)を握る。文科省はいろいろな部分で負け、規制改革グループが主張する競争と評価などを重視する改革案が実行に移され た。そしていま、「小さな政府」路線による行財政改革に大転換が生じ、新自由主義者は政治の主舞台から退場しつつある。

 教育はどこへ行くのか。新政権にマニフェストは存在するけれども、目指すべき社会像を伴った将来ビジョンが明確なわけではな い。根拠なき新自由主義が歴史の必然ではなく選択の結果であったとすれば、私たちは別の未来の可能性を構想することができるはずだと著者は説く。そのと き、不透明な未来社会においてきちんとした政治的判断を下せる市民を育てていくところに教育と教育学の使命があると著者は主張する。

 50年代以降教育学の主流研究者たちは野党的な政治的ポジションに隔離されてきた。それは、制度構築や政策提言につながるよう な、実証的分析能力を教育学が持つことを妨げた。こう分析する本書は、教育学自省の、そして希望の書でもある。政権交代は、著者の表舞台での出番を増やす だろう。オピニオンリーダーの登場である。

    ◇

 ひろた・てるゆき 59年生まれ。日本大学教授。『陸軍将校の教育社会史』など。

表紙画像

格差・秩序不安と教育

著者:広田 照幸

出版社:世織書房   価格:¥ 3,780

No image

0 件のコメント: