2009年10月21日水曜日

asahi shohyo 書評

医学探偵ジョン・スノウ—コレラとブロード・ストリートの井戸の謎 [著]サンドラ・ヘンペル

[掲載]2009年10月11日

  • [評者]瀬名秀明(作家)

■偉人の業績と19世紀風俗を丹念に

  ナイチンゲールを知らない看護師がいないように、疫学の分野でジョン・スノウを知らない人はいないだろう。19世紀にコレラが蔓延(まんえん)した。患者 の血液はどろりとタール状に濁り、この病毒は何の前触れもなく爆発的に流行し人々を死に追いやった。スノウはこのコレラが血液疾患ではなく水を飲んで感染 する消化器系の病気であるとの仮説を掲げ、患者の家を丹念に地図上に描いて、特定の井戸の水が原因であることを鮮やかに示した。スノウが描いたブロード・ ストリートの疾病地図は疫学の原点であり象徴である。

 本書の原題は「ザ・メディカル・ディテクティブ ジョン・スノウとコレラの謎」。スノウの名は副題である。学問はひとりだけで はつくり出せない。本書は確かにスノウの業績を追っているが、実際の読みどころは大勢のいきいきとした脇役と、19世紀イギリスの社会風俗にある。当時、 医学探偵はスノウだけではなかった。他にも水道設備や水質の調査で謎に迫った名探偵たちがいたのだ。

 バルザックからナイチンゲールまでカメオ出演する遊び心が嬉(うれ)しい。細部が豊かな一冊だ。

    ◇

 杉森裕樹・大神英一・山口勝正訳

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