女中譚(じょちゅうたん) [著]中島京子
[掲載]2009年10月11日
- [評者]鴻巣友季子(翻訳家)
■本歌取り連作 語り手替われば
オフィーリアは恋人役なのにハムレットの10分の1ぐらいしか台詞(せりふ)がないそうだが、名作の中には「喋(しゃべ)らせてみたい沈黙(寡黙)の人 物」というのが時々いる。中島京子は目の付け所が抜群で、これまで田山花袋の『蒲団(ふとん)』を妻の視点で語り直したりしてきた。本歌取りの名人が本連 作集で下敷きにするのは、「女中小説」だ。メイド喫茶の常連である元女中の老女が、店の若いメイドに昔話をする。
文学において女中といえば、ホームズの探偵小説で立ち聞きをするとか、「小間使の日記」のように少々倒錯趣味があるとか、一筋 縄ではいかない役どころも多いが、昭和モダンの日本には、(一見)ひたすら健気(けなげ)で清い女中物語があった。男への手紙で構成される林芙美子の「女 中の手紙」では、女中が散々貢がされたあげく売られていく。吉屋信子の「たまの話」は、ドイツ人妻のいる医師家に奉公した「たま」がお嬢様にどんなに苛 (いじ)められてもやはり慕い続ける、というお話。一方、永井荷風の「女中のはなし」のように、ダンサー志望の一風変わった女中が素描される作もある。
耐え抜く女の純粋さは、今読むと不可解かもしれない。しかし中島京子はどんなに健気で清いお話にも、小説の毒が入りこむ小さな 穴があるのを見逃さない。読者が感じるだろう「疑問」を絶妙にすくいとり、舞台裏への想像を羽ばたかせる。語り手を替えてみれば、千代に来る手紙は実は代 筆であり、とはいえ彼女も腹に一物ないでもないよう(「ヒモの手紙」)だし、たまと奉公家の意外な係(かか)わりが覗(のぞ)いたり(「すみの話」)、女 を騙(だま)した男のその後が仄(ほの)めかされたり(「文士のはなし」)する。元作品をチラチラッと引用し、本歌を透かし見せる趣向も面白い。
各編の背景には、戦争へと傾いていく不穏な空気が漂う。老女の語りはしたたかで軽妙であり、メイド喫茶はファンシーで平和その ものだが……。もし老女の話を聞いたメイドが将来「女中譚」を語り直すとしたら、どんな秋葉原の日常と事件が背景に織りこまれることになるだろう?
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なかじま・きょうこ 64年生まれ。作家。著作に『FUTON』『イトウの恋』ほか。
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