2009年10月21日水曜日

asahi shohyo 書評

ワシントンハイツ—GHQが東京に刻んだ戦後 [著]秋尾沙戸子

[掲載]2009年10月4日

  • [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

■「日本の中のアメリカ」歴史を描く

  今では想像もできないが、かつて東京の代々木公園、国立競技場、NHKなどの一帯にワシントンハイツと称する日本人立ち入り禁止区域があった。その敷地面 積は「二七七、〇〇〇坪」(『都政十年史』)に及び、住宅、病院、学校、劇場、教会、商店街、さらに変電所まで有していた。いわばそこは「日本の中のアメ リカ」だった。

 日本は太平洋戦争に敗れてGHQの占領を受けいれるが、この地域はアメリカの将校とその家族が住む巨大な街である。47年9月 に完成、そして東京オリンピック前に日本に返還され選手村として使われた。65年に解体されて現在の姿に変貌(へんぼう)した。本書はこのワシントンハイ ツにかかわる歴史的な事件や事象を見つめ、この地に住んでいたアメリカ人家族、二世の人たち、生活、文化の交流をはかった日本人などに多角的に話を聞きま とめられている。ありていにいえば、「地理的空間」を軸に「歴史的時間」を交錯させた異色のノンフィクション作品である。

 この地は戦前には代々木練兵場であり、日本陸軍の中心地でもあった。二・二六事件の青年将校の処刑された地。敗戦時には国家主 義団体大東塾の青年らが自決している。つまりここはきわめて日本的な空間でもあった。アメリカ側はそこにアメリカンデモクラシーの旗を立てるとの意図も あった。著者の目はそのことを見抜き戦後を象徴する構図として筆を進める。

 登場する人物の多様性にも驚かされるが、とくに日本国憲法の草案づくりに加わった将校(M・エスマン氏)から占領政策の転換期 にアメリカ側の再軍備要請に日本人が新憲法を支持して抵抗したことについて、戦前の日本社会にも民主主義の芽があったこと、国民が軍閥を恐れていたことを 引きだしているのは特筆に値する。こうした新証言が随所に見られる。

 本書の魅力は、後半部での著者の分析にある。長年の国際派ジャーナリストの取材力を生かした歴史観は史実を整理したうえでの日本人論、アメリカ観でもあり、次代への先見性をもっているように思える。

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 あきお・さとこ 名古屋市生まれ。テレビキャスター。著書に『運命の長女』など。

表紙画像

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