社説:足利事件再審 裁判所は検証と謝罪を
「私は殺していません」。菅家利和さんは宇都宮地裁の法廷で明快に言い切った。栃木県足利市で90年、4歳女児が殺害された足利事件の再審公判で ある。菅家さんは6月に釈放され、検察、弁護側とも無罪の結論に争いはない。無罪判決は確実だ。だが、公判の進め方をめぐり双方の主張は大きく隔たる。
必要最小限の審理で一刻も早く判決を言い渡し菅家さんの名誉回復を図るのが再審制度の目的にかなうとするのが検察側だ。
一方の弁護側は、なぜ間違って有罪にされたのか、捜査の問題点と誤判の理由を検証すべきだとし、具体的に2点の審理を求めている。
一つは、弁護側申請の鑑定人の証人尋問だ。女児の下着の遺留体液と菅家さんのDNA型が一致したとする当初の鑑定を「未熟だった」と指摘する人 だ。もう一つは、宇都宮地検が別の幼女殺害事件の関連で菅家さんを取り調べた際録音したテープの証拠調べ(法廷での再生)と、検事の証人尋問だ。弁護団に よると、足利事件について検事が菅家さんの無実の訴えに耳を貸さず、自白を誘導する驚くべき内容を含んでいる。
菅家さん有罪の根拠となった精度の低いDNA鑑定については、同時期に起きた他の事件への波及も想定される。また、人がうその自白をさせられる過程の検証は、取り調べのあり方を考えるきっかけになる。
菅家さんが「検証してほしい」と言っている以上、検察側の主張は説得力に乏しいのではないか。刑事訴訟法第1条も事件の真相解明をうたう。なぜ〓罪(えんざい)が生まれたのか。菅家さんだけでなく事件を注視する国民への説明責任もある。
無実の男性が強姦(ごうかん)罪などで服役した後に真犯人が分かった富山事件の再審公判で、裁判所は自白を強要した取調官の証人調べを認めなかっ た。宇都宮地裁は、弁護側申請の鑑定人の証人尋問を決めたが、テープについてもぜひ調べてほしい。再発防止の観点からも審理を通じた問題点の徹底的な検証 を求めたい。
足利事件をめぐっては、警察や検察の非が強調されるが、裁判所の責任も見逃せない。弁護団は上告審の段階でDNA再鑑定の必要性を訴えた。しか し、最高裁は再鑑定せずに結論を出し、02年に再審請求を受けた宇都宮地裁は請求を棄却するまで5年2カ月を要した。いたずらに時間を浪費したというより 他はない。無実の人を17年半も監獄に閉じ込めた重さを受け止めれば「裁判官は弁明せず」という職業倫理に逃げ込むことは許されない。菅家さんへの謝罪に ついて佐藤正信裁判長は「最終的な判決の際に考えたい」と含みを残したが、ぜひ必要だと申し添えたい。
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