2012年10月29日月曜日

asahi shohyo 書評

辺境ラジオ [著]内田樹・名越康文・西靖

[文]谷本束  [掲載]2012年11月02日

表紙画像 著者:内田樹、名越康文  出版社:140B 価格:¥ 1,575

 思想家の内田樹、精神科医の名越康文と毎日放送アナウンサーの西靖、関西で活躍する3人が最新トピックスを語るラジオ番組「辺境ラジオ」を書籍化。大阪という"辺境の視点"から、"辺境メディア"のラジオゆえの奔放なトークを繰り広げている。
 大政治家に必要なのは「一貫性がなく無節操というおばさんの感覚」と言い放ち、「停滞する大阪を元気にしよう」という地元の機運には「このままでいいよ」。あげく、うめきた(大阪駅北地区)に大仏を建てよう、なんて話で盛り上がる。
 いやいや、そりゃちがうでしょと思いつつも読み進むうち、次第にちょっと待てよと考え始める。思考回路がカチャリと組み替わって、自分の考えはただの先入観か、メディアの言説にすぎないかもしれないという可能性に思い至るのだ。
 彼らの話が正しいかどうか、それは問題ではない。肝心なのは、彼らの辺境的視点によって思考が根本から揺さぶられ、世界の別の色合いが見えてくること。どんな問題も答えは一つとは限らない、考え続けよという強烈な一撃が心地よい。

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辺境ラジオ

著者:内田樹、名越康文/ 出版社:140B/ 価格:¥1,575/ 発売時期: 2012年09月

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2012年10月26日金曜日

asahi shohyo 書評

土偶・コスモス [編]MIHO MUSEUM

[文]保坂健二朗(東京国立近代美術館主任研究員)  [掲載]2012年10月21日

縄文の女神(紀元前3000年ごろ) 山形県立博物館蔵、撮影・藤森武 拡大画像を見る
縄文の女神(紀元前3000年ごろ) 山形県立博物館蔵、撮影・藤森武

表紙画像 著者:Miho Museum  出版社:羽鳥書店 価格:¥ 3,150

 今私たちが見ている土偶の多くは、当時、意図的に壊されたものなのだそうだ。とりわけ縄文中期以降、紀元前3300年以降の東日本でつくられた土 偶の多くはそうなのだという。時には壊したい部分を予(あらかじ)め壊れやすくつくることさえあったというのだからすごい。明確な目的意識に基づき土偶は つくられていたということになる。
 それにしても「縄文の女神」のなんと美しいこと。山形県舟形町で出土し、今年9月に国宝に指定されたばかりのそれは、8頭身という、日本人、いや縄文人離れしたプロポーションをしており、「女神」の名にふさわしい。だが、ちょっと気になることがある。
  現在国宝に指定されている土偶は「縄文のビーナス」「中空土偶」「合掌土偶」そして「縄文の女神」の4点のみである。本書で見ていて気づいたのは、頭の飾 りと腕とが失われている「中空土偶」をのぞき、どれもほぼ完全な形を保っていることだ。その事実から、つい、土偶が国宝に指定される際には、希少性や造形 の芸術性に加えて、完形であることが重視されているのではないかと思ってしまう。壊されるためにつくられることすらあったというのに……。
 土偶 を愛(め)でることの難しさがここにある。個人的には、展示室で実物を見るならば国宝土偶はやはり面白いが(実は本書は現在滋賀県で開催中の展覧会のカタ ログでもある)、秋の夜長に本を開きながら、縄文という、文字がなかった時代に思いを馳(は)せるのであれば、ちょっと平凡にすら見える土偶のほうが、 人々の思いが伝わってくる気がして好きである。
    ◇
羽鳥書店・3150円

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著者:Miho Museum/ 出版社:羽鳥書店/ 価格:¥3,150/ 発売時期: 2012年09月

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asahi shohyo 書評

邪馬台国に魅せられて

[文]宮代栄一、木村尚貴  [掲載]2012年10月24日

「邪馬台国は都城にあった」という自説を発表する大宮真人さん=東京ビッグサイト 拡大画像を見る
「邪馬台国は都城にあった」という自説を発表する大宮真人さん=東京ビッグサイト

邪馬台国関連の本は大量に出版されている 拡大画像を見る
邪馬台国関連の本は大量に出版されている

表紙画像 著者:宮崎康平  出版社:講談社 価格:¥ 620

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 中国の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に記され、女王・卑弥呼(ひみこ)が支配したとされる邪馬台国。その所在地などを巡る「論争」が近年ひときわ過熱している。この論争、論者の大半がアマチュアの研究者というのが特徴だ。
■自説続々発表 多方面から謎に挑む
  企業の展示会でにぎわう東京ビッグサイトの片隅で、歴史の専門誌記者らを集めた会見が開かれた。「在野のオオカミとして、虚心坦懐(きょしんたんかい)に やってきてたどりついた結論を報告する」。83歳の大宮真人(まひと)さんがそう切り出し、スクリーンに「宮崎県都城に邪馬台国が存在した!」という文字 が大映しされた。
 大宮説によると、倭人伝に登場する各国の名は古代中国語の発音のまま九州各地の地名として残っており、魏使のたどったルートに沿って当てはめていくと、邪馬台国は都城市周辺になるという。
 早稲田大卒業後、ドライブイン経営のかたわら約半世紀、古代中国語の音を研究してきたという大宮さん。「幻という形容詞がつく邪馬台国を呪縛から解放したかった。今後は現地を掘って確かめたい」
 邪馬台国研究が現在のようなブームになったのは1960年代後半以降だ。在野の研究者で島原鉄道の役員だった宮崎康平さんの『まぼろしの邪馬台国』が出版され、メディアに取り上げられたのがきっかけだった。
 その後、古代史好きのアマチュアが続々と所在地論争に参入。オーソドックスな畿内説・北部九州説に加え、四国説、山陰説、エジプト説などまでが世間をにぎわすことになる。
 なぜ、人はこれほど邪馬台国にひかれるのだろう。
 専門誌「季刊邪馬台国」の編集長を務める元産業能率大教授の安本美典さん(数理文献学)は「古代史上最大の謎の一つで、日本のルーツにも関係しているから」と語る。
 「やればやるほど新しいことがわかり、知的好奇心が刺激される。インターネットの普及で、皆が専門的な情報を入手しやすくなったことも研究を後押ししている」
  『邪馬台国と狗奴国(くなこく)と鉄』(彩流社)を2年前に出版した菊池秀夫さんの本業は会社員。9年前から歴史の勉強を始め、いまは魏志倭人伝に登場す る「狗奴国」を追いかける。在野の研究者が自説を発表する「邪馬台国研究大会」を昨夏、都内で開いた。来月には「全国邪馬台国連絡協議会」を立ち上げる予 定だ。「真実に近づいていく感じがたまらない」
 邪馬台国には、とっつきやすい面もあるようだ。公表された研究は、魏志倭人伝の読解に始まり、遺物・遺跡、神話、地名、古代倭語(わご)とテーマも様々。考古学、歴史学、自然科学など多方面からのアプローチが可能で、間口が広い。
 「トンデモ」と思われるとっぴな説もしばしば登場するが、関心を持つ人が多いため、内容が面白ければ出版されやすい。「アマチュア研究者から始めて大学教授になった人もいる」と安本さん。
  明治大名誉教授の大塚初重さん(考古学)は「アマチュアの中には、大学の考古学の授業をはしごして聴講する人もいる。こんな現象は日本だけ」と話す。「邪 馬台国研究が盛んになったのは、日本が豊かになった時期と重なる。経済的な満足感を得た人々が、自分たちのみなもとの歴史に向き合おうとした結果なのでは ないでしょうか」

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著者:宮崎康平/ 出版社:講談社/ 価格:¥620/ 発売時期: 2008年08月

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asahi shohyo 書評

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて [著]安田浩一

[評者]大澤真幸(社会学者)

[掲載] 2012年10月23日

表紙画像 著者:安田浩一  出版社:講談社 価格:¥ 1,785

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■「反在日」は国に愛されたい証しなのか
  
 「在特会」という団体。知っている人はよく知っ ているが、知らない人はまったく知らない。正式名称は「在日特権を許さない市民の会」。インターネットで、リベラルな論調をバッシングする「ネット右翼」 と呼ばれる人々がいるが、在特会は、このネット右翼が街頭に出てきて騒ぎ出した集団であると考えればよい。本書は、安田浩一による、在特会についての渾身 (こんしん)のルポである。今年度(2012年度)の講談社ノンフィクション賞などを受賞している。そうした賞に値する力作だ。
 在特会の主要なターゲットは、在日コリアンである。「主要な」としたのは、敵とされるターゲットが「反原発運動」「パチンコ」「フジテレビ」などとどんどん拡散していく傾向を見せているからだが、ともあれ、中心にあったのは在日コリアンである。
  在特会の運動のスタイルは、これまでの社会運動とはかなり違う。労働運動や学生運動などの左翼系の運動と異なるのはもちろんだが、街宣車を駆使して、演説 だけをする伝統的な右翼の運動とも異なる。彼らは街頭で、「ゴキブリ朝鮮人」とか「叩(たた)き殺せ」とかといった聞くに堪えない罵詈(ばり)雑言を吐 き、興奮したときには、犯罪のレベルの乱暴狼藉(ろうぜき)に及ぶ。
 在特会が結成されたのは、07年1月だという。在特会の「広報局長」による と、「母体となったのは『2ちゃんねる』のようなネット掲示板で、保守的な意識をもって〝活動〟してきた人たち」だそうだ。桜井誠という1972年生まれ の男性が会長で、彼が主宰していた「東亜細亜問題研究会」なるネット上の「勉強会」を発展的に解消するかたちで、在特会は作られた。「桜井誠」というのは 本名ではなく、「ハンドルネーム」である。在特会のメンバーはほとんどハンドルネームで呼び合い、よほど親しくならない限り互いの本名や職業を教え合うこ ともないとのこと。2ちゃんねるなどのネットの関係が、そのまま現実の社会生活に延長されていることが、こうした習慣にも現れている。ともあれ、その桜井 誠は演説が巧みで、在特会員の間でカリスマ的な人気をもっている。本書によれば、桜井はかなり勉強もしていて、知識も豊富である。
 ところで、在 日特権とは何だろうか。在日コリアンは「特権」などもっていただろうか。在特会が批判している、在日の「四大特権」は、「永住資格」「朝鮮人学校補助金交 付」「生活保護」「通名」の四つだが、本書にていねいに解説されているように、少なくとも日本人がうらやましくなるような「特権」ではない。たとえば、生 活保護を受給している世帯の比率は日本人世帯よりも韓国・朝鮮人世帯において高いが、それは、生活保護が給付されるような困窮世帯の割合が後者において高 いからであって、韓国・朝鮮人に優先的に生活保護費が回されているからではない。在特会のメンバーはいつもハンドルネームを使っていて、本名を隠している のに、在日の人たちが通名を使うのがどうしてそんなに不愉快なのか、と思ったりもする。
 しばしばターゲットにされている問題は、あまりに小さい のでちょっと笑いたくなる。たとえば、京都市の南の方のある朝鮮学校は校庭をもたないため、この半世紀ほど、すぐ隣の児童公園を使わせてもらってきた。在 特会はこれを「日本人の土地が奪われている」と、まるで領土問題のように扱い、「朝鮮学校、こんなものはぶっ倒せ!」「朝鮮人はウンコ食っとけ!」などと 校門前で叫び、公園内に設置してあった機材を壊したりした。近辺の住民が、児童公園が学校によって使用されていることに不満を訴えるのであれば、それはわ かる。しかし、こうした問題は住民と学校と市の担当者の話し合いによって解決を図ればよいことであろう。関西中から在特会会員が糾合して、大騒ぎをする必 要があるのだろうか。この種の暴力は、ネットで言うところの「炎上」とか「祭り」とかいう振る舞いの、「リアル版」であると考えるとわかりやすい。実際、 この「抗議行動」を映した動画サイトには、膨大な数の「賞賛(しょうさん)コメント」が寄せられたとのことで、この騒動は、ネット的な「祭り」にそのまま つながっている。
 どんな人が在特会をやっているのだろう。当然、興味をもつ。安田は、実にたくさんの在特会の会員に直接会って話を聞いている。 もちろんいろいろな人がいるのだが、総じて言えば、一人ずつ会っている限りでは、拍子抜けするほどおとなしく、礼儀正しかったりする。たとえば、カリスマ 会長の桜井誠は、高校時代は実におとなしい生徒で、元同級生の中には「そんな人、いましたっけ」とその存在を疑う者がいるほど印象が薄かった。
    *
 率直に言って、在特会の主張を理論や思想のレベルで問題にすることには、それほど価値はない。しかし、社会現象としては、在特会は興味深い。街頭で活動に参加する積極的な会員の数は、それほどではないとしても、ネット上で喝采を送る共感者の数は、そうとうな数にのぼる。
  安田は、フジテレビ抗議デモと関係づけながら、「運動」の広がりを示唆している。フジテレビが韓国ドラマをたくさん放映しているなどのことから、2011 年8月に「日本を貶(おとし)める反日放送局」であるとして同局に抗議するデモが行われた。ネット上でフジテレビを批判している書き込みによると、 「『笑っていいとも』の『好きな鍋料理ベスト5』のコーナーで『キムチ鍋』が1位だった」ことなどが、フジテレビの「反日」ぶりを示す「証拠」なのだそう だ。ということで、フジテレビに抗議するデモに集まった人が、およそ6000人。同時期の反原発デモと比べても大差がない。このデモは、在特会が主宰した わけではないが、安田の考えでは、こうしたデモに賛同したり参加したりする人々の心情が、在特会のような過激な行動の土壌になっている。
 どうし て在特会に参加するのだろうか。在特会に類する運動や主張が、広範な共感を呼ぶのはどうしてなのだろうか。安田は会員・元会員、その他の周辺の人々にイン タビューしながら、この点を多角的に考察している。私には、安田が引用している元会員の「自己分析」が、だいたい正しい方向を指しているように思える。承 認されたいという欲求、認められることの喜びが、その根底にあるというのだ。たとえば、街頭で演説をする。最初はうまくできるものではない。それでも、最 後にシュプレヒコールをすると、皆が唱和してくれる。唱和は、拍手喝采と同じ承認のサインであり、演説者にとっては、これは病み付きになるほどの快楽の源 泉になる。安田に元会員が語る。「朝鮮人を叩き出せという叫びは、僕には『オレという存在を認めろ!』という叫びに聞こえるんですね」と。
 もっ と踏み込んでもよいだろう。「認められたい」というより、彼らは「愛されたい」のではないか、と。在特会の組織は「疑似家族」の雰囲気が漂う、と安田は書 く。在特会の相談役のようなことをやっている60代後半の保守系活動家は、こう言う。「彼らと付き合って、よくわかりましたよ。みんな家族を欲しているん だな――と」。年配の、昔からの保守系の運動家や伝統的な右翼は、最初は在特会と友好的な関係をもつ場合もあるが、ほとんど最後には離反してしまう。この 人物は例外的に、長く在特会と付き合っている。ある元会員の言葉も引いておこう。「自分が大声で指示を出したときの快感と、仲間が守ってくれているんだと いう安心感。……人生のなかで、これほど高揚感を得たことはありません。ああ、仲間っていいなあと心から思ったんです。ぶっちゃけ、僕らって親からも世間 からもたいして評価されていないじゃないですか」
 しかし、なお疑問は残る。どうして、「反在日」を掲げることで、承認されなくてはならないの か。在日が、たいした特権を持っていないことからもわかるように、それほど多くの人が、実際に、在日の人から深刻な被害を受けているとは思えない。どうし て、たとえば、「男女平等」とか、「在日擁護」とか、「沖縄基地反対」とかの主張によっては、承認を得られた気分になれないのだろうか。
 細かい 考察は、書評の枠を超えてしまうので、骨格になることだけを述べておく。彼らは「愛国」的な活動をしている(つもりでいる)。「愛国」は、普通は、国を愛 することだ。しかし、彼らはむしろ、国に愛されたいのではないか。国が彼らを愛している、ということを実感したいのではないか。在特会の仲間やリーダー格 のメンバーに愛されたいのはもちろんだが、彼らは、さらにその向こうにいるマスコミや世間にも愛されたいという欲求をもっている。在特会のメンバーは日頃 はマスコミの情報は信じられないなどと、マスコミに憎悪の言葉を投げかけているが、安田は、実は彼らはマスコミに憧れ、マスコミに認められることを渇望し ている、と看破している。そして、彼らは国にも愛されたいのである。彼らが賭けているのは、国は誰を愛しているのか、という問いである。国は、「私」を、 「われわれ」を愛しているのか。
 ところが、ここに「愛」というものの悲しい本性が効いてくる。「左翼」でなくて「右翼」でなければならない理由 も、この点に関連している。左翼は、「在日を差別してはいけない」「在日と日本人を同等に扱わなくてはならない」と主張する。この主張を「愛」の言葉に転 換すれば、「国は日本人も在日も分け隔てなく愛している」「国はすべての人を同等に愛している」というメッセージになる。しかし、「すべての人を愛してい る」ということは、よく考えてみれば、誰も愛していないということと同じ意味ではないか。誰かがあなたに、「私は万人を愛している。あなたはその中の一人 なのだから、私はあなたを愛している」と言ったとしたら、あなたはその人に愛されていないと感じるだろう。
 愛が真実であるためには、断固とした 分け隔てが必要になる。愛の対象から誰かが排除されていなければ、その愛はほんものではない。あるいは、誰かが憎悪されていなければ、愛は真実とは感じら れない。普遍的な愛は、愛の自己否定なのだが、左翼は、まさにその「普遍的な愛」を主張しているように、少なくともネット右翼や在特会の人々には、感じら れている。左翼が「偽善的」だという感覚は、ここから出てくる。国に愛されていると実感するためには、愛から排除される誰かがいなくてはならない。その 「誰か」が在日コリアンなのである。「Xに愛されたい」という欲望が国に向けられたとき、つまりXの位置に国家が代入されたとき、「われわれ」と「在日」 との差異を小さくしようとする「在日特権」なるものが我慢しがたいものに感じられてくるのではないだろうか。
 愛が「真実」になるために必要な 「他者の排除」が不十分なとき、人は次のような剝奪(はくだつ)感覚をもつ。もともと、人間の快楽の中心には、愛されることの歓(よろこ)びがある。ほん ものの愛を構成する際に必要な「他者」が排除されていないとき、人は、自分が得るべき快楽、自分に本来所属している歓びが、その「他者」に奪われている感 覚をもつようになるのだ。このケースにおいては、在日コリアンに「われわれ」の快楽や幸福が奪われている、という感覚が襲ってくる。こうした剥奪感、疎外 感は抗しがたい。在日コリアンの世帯が過剰に「生活保護費」を取っている、という妄想は、ここからくる。彼らが、われわれの「土地」を奪っている、という 被害感覚も同様である。
 まだ考えなければならないことはある。どうして排除される他者が、とりわけ在日コリアンなのか。日本国内で「特権」を もっていると言える外国人がいるとすれば、それは誰よりも在日米軍なのに、どうして在日コリアンが問題にされるのか。左翼はずっと前から「普遍的な愛」を 主張していたように見えるのに、どうして、つい最近になって、おそらくは21世紀になるかならないかの頃から、何やら「偽善的」なものに感じられるように なったのか。こうしたことを考察していくと、日本社会や現代社会について、隠れている困難がさらに発掘されるだろう。

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