2008年12月2日火曜日

asahi shohyo 書評

図書館—愛書家の楽園 [著]アルベルト・マングェル

[掲載]2008年11月30日

  • [評者]鴻巣友季子(翻訳家)

■「原始の夢」の過去・現在・未来つなぐ

  もとより人間にはふたつの望みがあった。ひとつははるか高みにまで手を伸ばし、空間を征服する欲望であり、そこからバベルの塔が建てられ、その罰として言 葉をばらばらにされた。もうひとつはそのあらゆる言語による書物を集め、時間を超越する欲望であり、そこからエジプトのアレクサンドリア図書館が生まれ た。図書館とは人間の原始の夢だ!

 シルクロードの莫高窟(ばっこうくつ)に700年間埋もれていた中国の仏教文書館には、5万巻におよぶ文献と絵画が所蔵されて いたし、一方、ナチ収容所にこっそり作られた図書室には10冊ほどの本しかなかったが、現代のNYでは自宅で本の山が崩れて2日間「生き埋め」になった男 が消防士に救出され、グーグル・プロジェクトなどのバーチャル図書館が誕生する一方、コロンビアの農村部にはロバによる巡回図書館がある。本書はそれのみ ならずバベルの図書館やネモ船長の書棚等々、古今東西、現実と架空、リアルとバーチャルの図書館を数々紹介して、その書棚に遊ぶ。

 2世紀のアレクサンドリア図書館ではすでに、「一冊の本はこの世界を抽出し、要約したものである」「ある種の本は後世に書かれ る本の予兆だ」という、後のルイス・キャロルやボルヘスに通じる考えが確立していた。「ある意味、記憶と図書館は同義だった」と書く著者は、集積しただけ の知識は知識にならないとして、叡智(えいち)の有機的な連鎖、融合、蓄積を重視する。今話題の水村美苗『日本語が亡(ほろ)びるとき』はウェブ図書館が 英語だけに偏って有利な点を指摘しているが、マングェルはそれに加え、「画面上に呼び出されたテキストには過去がない」「悪夢のように、どこまでも現在で ありつづける」点を憂慮し、現代人は「過去が滅びゆくさまを目の当たりにしている」のだと言う。愛書家の愛に溢(あふ)れるが故の厳しい批評であり、その 願いは紙と電子媒体の共栄にある。

 シビアな目と遊び心を兼ね備え、図書館の過去と現在と未来を繋(つな)ぐ実り豊かな一冊だ。人間の「知」のあり方が問われている。

    ◇

THE LIBRARY AT NIGHT、野中邦子訳/Alberto Manguel 48年アルゼンチン生まれ。仏在住。随筆・戯曲家。

表紙画像

図書館 愛書家の楽園

著者:アルベルト・マングェル

出版社:白水社   価格:¥ 3,570

表紙画像

日本語が亡びるとき—英語の世紀の中で

著者:水村 美苗

出版社:筑摩書房   価格:¥ 1,890

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