2008年12月24日水曜日

asahi shohyo 書評

書評委員お薦め「今年の3点」 鴻巣友季子

[掲載]2008年12月21日

  • [評者]鴻巣友季子(翻訳家)

(1)他者という試練—ロマン主義ドイツの文化と翻訳 [著]アントワーヌ・ベルマン [訳]藤田省一

(2)ミッツ—ヴァージニア・ウルフのマーモセット [著]シークリット・ヌーネス [訳]杉浦悦子

(3)聖家族 [著]古川日出男

 今年は翻訳に関係する重要な本が多く出た。とくに(1)は20世紀までの翻訳学の里程標となる大作。「翻訳は原典に対して二次 的な価値しかない」「創造性は結びつかない」という二つの"誤解"をとき、その能動性を明らかにする。翻訳者にはありがたいようで恐ろしい言葉だ。

 「翻訳者=透明な黒衣的存在」という迷信は、この先どこまで持ちこたえられるだろうか。

 (2)は刊行に気づくのが遅くて書評にとりあげられなかった一冊。作者はウルフに傾倒するあまり、ウルフのような小説を書きだ した。ヴァージニアと夫のレナードが実際に飼っていた小さな猿の伝記という形をとった作家の評伝でもあり、作家へのオマージュでもあり、巧緻(こうち)な 企(たくら)みに満ちたフィクションでもある。

 東北のある一族にまつわる(3)は古川日出男によるクロニクル小説の集大成。世界の誕生以前に、言葉や思考の誕生を書いていると感じた。

表紙画像

他者という試練—ロマン主義ドイツの文化と翻訳

著者:アントワーヌ・ベルマン

出版社:みすず書房   価格:¥ 7,140

表紙画像

聖家族

著者:古川 日出男

出版社:集英社   価格:¥ 2,730

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