2008年12月29日月曜日

asahi shohyo 書評

沢木耕太郎さん『旅する力 深夜特急ノート』を刊行

2008年12月27日

  沢木耕太郎さんの『深夜特急』を教科書のようにして旅に出かけた若者も多いだろう。しかし、沢木さんは「旅に教科書はない。教科書を作るのはあなたなの だ」という。新刊『旅する力 深夜特急ノート』(新潮社)は、自分自身の「旅の教科書」を作るためのアドバイスの書でもある。

 「デリーからロンドンまでバスで行くことができるか」。この設問への答えを求めて決行したのが『深夜特急』の旅だった。旅に出 たのは74年。単行本として『第一便』『第二便』が出たのが86年。「すぐにでも出す予定だった」という『第三便』は92年と、さらに6年かかった。

 「一本の道をたどるようにして深夜特急の旅になったが、乗るバス一台でも違えば別の旅になった。無数の旅がありえたなかでの運 命的な旅。良くも悪くも取り返しのつかない旅だったといえる。一つの体験に深く身を浸したとき、なかなか脱することができず、何年にもわたって書き、反芻 (はんすう)することになった」

 「最終便」ともいえる『旅する力』は、「ノンフィクション・ライター沢木耕太郎」が誕生するまでの"秘話"や「旅の遍歴」を振 り返るエッセー集だ。『第三便』刊行で完結したはずの『深夜特急』だが、「まだ自由ではなかったのかも。今回の『最終便』でさすがに空っぽになった」とい う。出発から34年かかっている。

 人生で「最初のひとり旅はたった一日で逃げ帰ることになった」と、失敗の経験を披露している。中学生の時、伊豆・大島の三原山 を登る途中、テントを張っている若い男性から「泊まるところが決まっていなかったら泊まってもいいよ」と声をかけられ、泊めてもらうつもりだったが、犯罪 者ではないのかとの疑問が恐怖に変わり、山を下りるとそのまま東京に戻ってしまったのだ。

 「たくさんの経験を積んだ今なら、その男性を冷静に判断しただろうが、その時は、誰かが親切にしてくれた場合、それがどういうことなのかを判断する力量がなかった」と振り返る。

 旅は、自分の「力量」を量る場でもあるのだろう。

 「昔は学校だけが学ぶ場ではなかったが、今は学校しかない。意識的に作れる学校は旅しかないのではないか。学校以外のところで学ぶとしたら旅はいい選択」。だからこそ、若い人には「旅に出てほしい」という。

 「自分の人間としての力量を確かめ確かめ、前に進むことは大事なこと。力量のなさにくやしい思いをすることもあるが、まず力量を知り、それを増していってほしい」

 最近の若者について、気になることがある。「たとえば、英会話を学ぶ若者が減っていると聞くが、自分をより高めようという意識 が薄れているような気がして残念。みえでもいいから俺(おれ)はこんなことを知っているぞという姿を見せる努力をしてほしい。それをしないと、生きていく 力をそいでいってしまう。一歩一歩自分の力を確かめながら未知の場所に行ってほしい」

 沢木さん自身、最近、初めてバリ島を旅して、「ホテルの窓から緑の田んぼを見ているだけでも面白く、知らないところには行ってみるべきだとあらためて思った。旅という学校で学ぶことはまだまだある」と話す。

 それは、旅する若者へ送るエールでもあった。(都築和人)

表紙画像

旅する力—深夜特急ノート

著者:沢木 耕太郎

出版社:新潮社   価格:¥ 1,680

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