2008年12月9日火曜日

asahi shohyo 書評

白川静 漢字の世界観 [著]松岡正剛

[掲載]週刊朝日2008年12月12日号

  • [評者]永江朗

■白川漢字学は丁稚奉公と夜学から始まった

 反面教師という言葉がある。その意味で、麻生太郎は偉大な宰相だと言えるかもしれない。血統と能力は関係ないこと、お金で品格や教養は買えないことなど、いろんなことを教えてくれた。

 漢字を知らないと恥ずかしい、ということもよく分かった。私の漢字能力だって怪しいものだ。「頻繁(ひんぱん)」って書けるかな……もう少し漢字のことを知ろう。

 松岡正剛『白川静 漢字の世界観』は、白川静(1910─2006)についての初めての入門書。独自の漢字学・文字学をつくりあげた白川の、生涯と仕事をたどりながら、漢字とは何なのかを考える本である。白川静の全体像が見えてくる。

 漢字には古代中国人の精神世界が詰まっている、と白川静は考えた。たんなる象形文字にルーツをもつ表意文字ということにとどま らない。古代人の祈りや願い、夢や怖れなどが一字一字に込められている。だから、漢字を研究すれば古代人の心が分かる。白川は漢字を古代祭祀と呪能の関係 で捉えた。つまり人間同士のコミュニケーションツールである以前に、神に願いを伝えるためのものだと考えたのである。

 漢字は少しずつ変化しながら現代も使われている。ということは、漢字には古代から現代までの精神世界が詰まっているとも言える。漢字を東洋の精神史の器と捉えたのが白川静のすごいところだ。漢字学は東洋学であり日本学でもある。スケールが大きい。

 本書には評伝的側面もある。白川は小学校を卒業すると、代議士事務所で丁稚奉公を始めた。働きながら夜学に通ううち、漢字の魅 力にとりつかれてしまう。商業学校も立命館大学も夜学。白川の壮大な文字学はほとんど独学で築いたものだ。トレーシングペーパーに古代中国の文字を書き写 しながら考えるのが白川の研究方法で、これも独自に生み出したもの。

 私たちは日々漢字を使いながら、しかし漢字についてまだ何も知らない。漢字について学ぶべきことはあまりにも多い。

表紙画像

白川静 漢字の世界観 (平凡社新書)

著者:松岡 正剛

出版社:平凡社   価格:¥ 819

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