2008年12月9日火曜日

asahi shohyo 書評

近代日本の国際リゾート [著]砂本文彦

[掲載]2008年12月7日

  • [評者]橋爪紳也(建築史家、大阪府立大学教授)

■異なったリゾート空間の演出法

 1930年代、鉄道省国際観光局は国際リゾート地を選定、あわせて点を線で結ぶべく国際観光ルートを定めた。この国策に応じて上高地、雲仙、志賀高原、阿蘇、唐津、日光などに国際観光ホテルが整備されてゆく。

 本書は、各地の景勝地に国際リゾートが造られた経緯を詳しく述べた労作である。松島や蒲郡、琵琶湖などのホテルは日本趣味を強 調する傾向があった。対して山岳地のホテルでは、スイスの山小屋風デザインが採択されるのが常であった。外国人の滞在を想定しながらも、海辺や湖岸などの 水際と山上とではリゾート空間の演出方法が異なっていたという指摘は面白い。

 なかには「サアサアいらっしゃい碧(あお)い目のお客様」と新聞があおったところもある。外貨獲得を目標とする観光事業は、あたかも熱病のごとく地方に伝播(でんぱ)した。地方の有力者たちが「わがまちにもぜひ国際ホテルを」と力説した時期があったわけだ。

 状況は、70年の時間を経て今日と響きあう。この秋、観光庁が発足した。訪日観光客を年間1千万人に増やすべく、「観光立国」 をうたう政府の姿勢を反映したものだ。同時に各地で「観光まちづくり」を競いあっている。今回の国策では、いったいどのような国際リゾートが生み出される のだろうか。

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