2008年12月9日火曜日

asahi shohyo 書評

生命をつなぐ進化のふしぎ—生物人類学への招待 [著]内田亮子

[掲載]2008年12月7日

  • [評者]広井良典(千葉大学教授・公共政策)

■人間や社会の根源にさかのぼる思考

  非常におもしろい本だった。人類学、生物学、脳研究、行動経済学などの近年の知見をわかりやすくサーベイしながら、「食べる」「みんなと生きる」「連れ合 う」「育つ・育てる」などといった視点に即して、人間という生き物やその社会の成り立ちについて探究していく。現在のような困難な時代においてこそ、こう した根源にさかのぼった思考が重要な意味をもつのではないか。

 本書で扱われる話題は多岐に及ぶが、興味深かったのはたとえば一夫一婦制の意味や起源に関する次のような議論である。食糧探索 型、つまり狩猟採集中心の社会においては、食糧供給が予測困難でコントロールできる資源が少ないなどの理由から一夫多妻のポテンシャルは低く、男女の政治 的な力関係は平等になりやすい。父子の接触時間も農耕社会より長いという。ところが定住して農耕・牧畜が始まると、領地を所有することで集団間の抗争が激 しくなり、雄の重要性が高まるとともにその所有する資源の格差が広がり、かつ女性が男性に望むものの優先順位も変わる。現在の社会では「女性がパートナー に望むものは狩猟採集社会に似た協力性」ではないかと著者はいう。

 これは一例に過ぎず、「雌雄のつがい(ペア)がユニットとなって生活している種」が「顕著に大きな脳を持つ傾向」があるといっ た研究から「連れ合う」ことの意味を考えたり、人間だけが食糧の共有・分配を恒常的に行いそれが平等社会の基盤になっていると論じたり等々、関連分野の近 年の成果を踏まえた印象深い考察が展開される。

 本書から示唆されるもうひとつの点は、学問のあり方についてである。最近あらためて感じることだが、日本の場合、「理系—文 系」といった境界が強く、社会科学の中ですら経済学、社会学、政治学などといった分野の縦割りが一層強まっている。自然科学的な知見をそのまま人間社会に 適用することはできないが、学問間の垣根を超えた探究がもっとなされてよいはずだ。そうした可能性も本書は提起していると思われる。

    ◇

うちだ・あきこ 60年生まれ。早稲田大国際教養学術院教授(生物人類学)。

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