2008年12月9日火曜日

asahi shohyo 書評

サイエンス・インポッシブル [著]ミチオ・カク

[掲載]2008年12月7日

  • [評者]尾関章(本社論説副主幹)

■不可能も可能に?大胆に未来を予測

 テレパシーに念力、とくればトンデモ話の定番ではないか。それすらも、科学の本道を行く人が大まじめに論じた。大胆な本である。

 まずは著者の原体験。学校で先生が大陸移動説を批判して「ナンセンスですね」と言ったという。今ではプレート論が広く受け入れられ、大陸が動いても驚かない。

 「私の半生という短いあいだにも、不可能と思われたものが科学的事実として確立されるのを、何度となく目の当たりにしてきた」

 私のような科学記者の胸には、すとんと落ちる言葉だ。著者は、この皮膚感覚で伸びやかに科学の行方を占う。

 「不可能」の分類も前向き。いつ可能になるかが目安だ。ざっくり言えば、来世紀までにできるかもしれない技術が1、数千〜数百万年先までなら2、実現したら物理世界の見方が覆るのが3。

 驚くべきことにテレパシーは1に格付けされる。だがよく読むと、1は脳の画像診断技術などで感情や思考のパターンを読むことに 限られ、奥深い心の働きをつかむ能力は2だという。念力も1だが、そこに出てくるのは脳の信号を検出して家電製品を思い通りに操る技術だったりする。

 なんだ、至極まっとうじゃないか、という読者もいるだろう。その通り。だが、科学の筋を踏まえつつ、常識を超えることも忘れていない。

 たとえばタイムトラベル。過去へ旅して過去を変えたら今の自分がいないかもしれない、という逆説の切り抜け方もしっかり教えてくれる。

 使う以上のエネルギーを生む永久機関は3だとしながらも、そのよりどころであるエネルギーの保存則を不磨の大典とは言わない。

 最近、宇宙には暗黒のエネルギーが満ちていると言われだした。これが保存則を脅かさないかという問いにも真剣に向き合う姿勢を見せる。

 終章でも「われわれの知る物理法則は変わるかもしれない」と念を押している。

 SFを縦横に語り、シェークスピアも話題に載せる。そんな文学ごころが柔らかな科学観を裏打ちしている。こんな本がもっとあっていい。

    ◇

斉藤隆央訳/Michio Kaku 米国の理論物理学者。一般向けの著書も多数。

表紙画像

サイエンス・インポッシブル—SF世界は実現可能か

著者:ミチオ カク

出版社:日本放送出版協会   価格:¥ 2,520

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