2009年10月1日木曜日

asahi shohyo 書評

差別と日本人 [著]野中広務、辛淑玉

[掲載]2009年9月27日

  • [評者]斎藤環(精神科医)

■異なる立場の2人の闘い方

  部落出身者である政治家・野中広務と、在日朝鮮人である評論家・辛淑玉との差別をめぐっての対談である。本書では野中の経験した差別の辛(つら)い思い出 が繰り返し語られる。面倒をみてやった後輩の裏切り。麻生前総理の部落差別発言。そして何より二人の意見が一致を見るのは、差別と闘う者はどうしても家族 を犠牲にせざるを得ないという厳粛な事実である。

 差別には、少なくとも二種類ある。カテゴリー自体が差別的であるためその撤廃が望ましい場合と、カテゴリー自体は中立的であり、差別意識のほうが問題となる場合と。前者の代表が部落差別であり、在日差別は後者に属する。

 それゆえ差別との闘い方も2人は異なっている。徹底して「正義」を貫こうとする辛は、野中の現実主義に対してしばしば批判的 だ。しかし「部落」そのものの解消を目指すなら、ただ差別に反対するだけでは十分ではない。なぜ差別が必要とされるのか、その構造を十分に理解する必要が ある。

 あらゆる差別の撤廃に尽力し、「ダーティーなハト」などとも呼ばれたこの政治家を、辛はこう評する。「人間の欲望や(略)行動様式を知り抜いているからこそ、それらをテコに、談合と裏取引で、平和も、人権も、守ろうとしたのではないだろうか」

 だが談合を可能にするような共同体意識こそ、様々な差別の温床でもある。同和対策事業が利益誘導につながり結果的に差別の温存 に寄与してしまう可能性を野中氏は批判した。時には部落解放同盟との対立も辞さなかった。野中氏の戦略の複雑さに、そのまま部落問題の複雑さが反映されて いる。

 先の衆院選において自民党は惨敗した。それはまさに五五年体制の中で育まれた「談合と裏取引」的体質への「NO」でもあった。このような過渡期に本書が広く読まれている事実に、象徴的な意味を感じずにはいられない。

    ◇

 9刷37万部

表紙画像

差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)

著者:辛 淑玉・野中 広務

出版社:角川グループパブリッシング   価格:¥ 760

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