2008年12月7日日曜日

asahi 紙上特別講義

デザインの力:3(川崎教授)

2008年12月6日

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写真院生たちを指導する川崎和男教授=大阪府吹田市の大阪大、南部泰博撮影

 障がい者や高齢者には個々人に対応したモノを。それを支える制度が必要。

 デザインとは、日常生活から社会、世界までも変えていく思いやりのかたちであると川崎教授は語ってくれました。暗いニュースが多い中、デザインの可能性 に希望を感じました。宿題への答案は、日常生活の快適さを求めたものや、介護している方や身体に障がいのある方が暮らしの不自由から思い立ったものが多く 寄せられました。川崎教授に2点を選んで講評していただきました。

【宿題】川崎先生や他のデザイナーたちに手がけてほしい、実現してほしい「夢の道具」あるいはモノ、コトはなんですか。

●介護楽々、無重力の部屋

 水野美那子さん(75)=主婦、広島県呉市

 私の義母は晩年の1年間くらい、寝たきりで過ごしました。私と夫で介護をしましたが、中でも下の世話は一番大変で、2人とも腰を痛めてしまいました。

 そして、私も約10年前、交通事故で腰椎(ようつい)を骨折して、3カ月間入院しました。上半身はギプスで固定されて身動きができす、下のことをすべて夫の世話になりました。

 体を起こすことのできない人を持ち上げて、おしめを替えたり、着替えをさせたりするのは、介護者にとって大きな負担です。

 その時から胸で温めている夢があります。宇宙空間のような無重力の部屋があれば、どんなにいいだろうということです。

 無重力の部屋の中だったら、体が浮き上がりますから、介護者は楽になります。世話を受ける側も遠慮なくお願いできて、双方、身も心も軽くなるのではないでしょうか。

 「老人大国」である日本では、これからますます高齢者が増え、若い人への負担は物心の面に加えて体力にもかかります。少しでも楽になればと、息子を持つ親として考えます。

●使って楽しい台所

 中田綾子さん(43)=料理研究家、大阪市西区

 手がけてほしいモノ、それは台所です。でも、便利なシステムキッチンのことではありません。

 戦後、私たちの食生活は変わりました。栄養状態が良くなり、加工食品も増えました。今や、成人の6人に1人が糖尿病かその予備軍と言われています。

 でも、変わったのは食事だけではありません。調理に使う道具も、台所家電が増えました。そして何より、調理する場所、台所が変わっているのです。

 昔は、台所というと多くは土間にありました。それが、いつしか暖かい室内にあるのが普通になり、今やリビングルームの真ん中に出てこようとしています。

 ですが、調理をすることは相変わらず、生の肉や魚を触るなど、きれいな作業ばかりではありません。毎日、つくらねばならないとなると、面倒でもあります。一方で、何か一手間かける楽しさが調理にはあるので、つくる者としては複雑です。

 生活の真ん中に出てきた台所を、使う人にとっていつも楽しい場所にしてほしいと思います。

●講評

 《水野さん》介助をしたりされたりの経験から想像力を働かせました。人が月に住む時代になれば実現します。NASAのデザインチームが取り組んでいます。日本で私もやりたいです。

 《中田さん》台所は近い将来楽しくなりそうです。ハーブなどのちょっとした家庭菜園ができる、あるいは生ゴミの処理ができる、といった台所を住宅メーカー、そして私も研究開発中です。

 ※全体を通してひと言。どれも、大学でデザインを学ぶ学生たちに見せたい答案でした。つえ、シルバーカーなど、障がいのある方、高齢の方の自助や 介助をめぐる切実な願いがたくさん寄せられたのが印象的でした。一般化した商品より、個々人に対応したデザインができる、国の制度のようなものの必要性を 感じます。今回は自分や家族のものが中心でしたが、次世代エネルギーのデザインなどもほしかったですね。

 (大阪大大学院教授 川崎和男)

◆先生に質問!

《記者からの質問》

 誰もが良いというデザインが、優れたデザインなのですか。

 《川崎教授の答え》

 誰にでも支持されることにこだわると、かえって優れたデザインは生まれません。人は皆、違った感性や価値観を持っているものです。だから、反対意見がないのは、そもそも変です。

 1回目で、デザイナーは「わがまま」であれと言いました。それは、自らを自由にして存分に想像力を働かせ、正しいと思うこと、理想を提案すること だと言えます。心から支持してくれる人が少数いてくれたら十分。良い、優れたデザインは徐々に広がっていくものです。デザイナーは、持論を貫くため仕事相 手の企業、時に社会や時代相手に喧嘩(けんか)をする心意気が必要です。そして、最も喧嘩をしなければならない相手は、自分自身でもあるのです。

《記者から》

 川崎先生は少年時代、作家を夢みながら医師を志していました。が、大学浪人中にデザインに出会い、美術大に進学したそうです。卒業後、独立まで勤 めた東芝では、音響機器のデザインなどで活躍しました。そして今、車いすの生活に、心臓病とも向き合いながら、夢のデザインを続けています。多彩な発想と 底知れぬ熱意——。デザインに必要な力の源のようなものを、先生から感じました。

 次回は、京都ノートルダム女子大の藤川洋子教授に少年非行をめぐる問題について話してもらいます。

 (高橋真紀子)

○もっと知りたい人へ

 川崎和男教授の公式サイト(http://www.kazuokawasaki.jp)▽ブログ(http://artgene.blog.ocn.ne.jp/kawasaki/)▽「ificial he:川崎和男展」(川崎和男、坂村健他著、アスキー)▽「デザインという先手」(川崎和男著、同)▽「プレゼンテーションの極意」(同、ソフトバンククリエイティブ)



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