2009年9月2日水曜日

asahi shohyo 書評

中国文化大革命の大宣伝 (上・下) [著]草森紳一

[掲載]2009年8月23日

  • [評者]天児慧(早稲田大学教授・現代アジア論)

■中国の「虚と実」分析 豊かな示唆を与える

  文革とは何だったのか? これまでは、崇高な理念が何らかの要因によって「逆説」に転化するという理念変質論か、毛沢東の奪権と呼ばれる権力闘争論か、国 内外の政治・経済・社会の構造的な要因を相関的にとらえようとする構造相関論で説明されてきた。評者は第3の立場を重視するが近年、「虚と実」、すなわち 目に見えない実態を虚、具体的に把握できる実態を実とする伝統的な中国政治の特徴が特に気になっている。

 その文脈で見るなら、文革とは脚本家・監督・主役を兼ねた毛沢東、脇役の林彪・江青・周恩来、悪役の劉少奇・トウ小平らを軸 に、悲惨な現実(実)を舞台にして演じられた壮大な政治劇(虚)と言えよう。本書はこのような解釈にかなり近い。主として、上巻では様々なトピックを毛や 林彪、四人組らの緻密(ちみつ)な計画のもとでの実践として描き、下巻では壁新聞、筆蹟(ひっせき)や肖像、模範劇、天安門など文革を盛り上げ、演出する 手段・場などについて論じている。

 本書の特徴は以下の3点に要約できる。第1に、著者は毛沢東を大戦略家、大宣伝家、史上有数の詩人、文章家として認識してい る。毛は自らのカリスマ性、宣伝力、非情な手段を駆使し、文革を推進した。例えば、毛沢東の突然の「揚子江遊泳」、紅衛兵の熱狂的な毛沢東讃美(さんび) や全国経験大交流の旅などは大宣伝の実践であった。歴史を変えたニクソン訪中、田中角栄訪中も、「中国外交は輝かしい虚偽そのもの」というアンドレ・マル ローの言葉を引用しながら、予告なしに中国古書に埋もれた自らの書斎に彼らを招き、ざっくばらんな気持ちにさせながらニクソンや田中を圧倒し、自己のペー スに巻き込んでいく毛の演出という視点から論じている。

 第2に、当局の公式の文献や説明を鵜呑(うの)みにしないで、その行間を凝視し、滲(にじ)み出てくるものをつかみ取っている ことである。例えば、ある評論家は壁新聞を見て言論の「百家争鳴、百花斉放のにぎやかさ」と表現したが、著者は1957年の反右派闘争という毛のあざとい 謀略を思い起こせば、その本質は簡単に見抜けたはずと喝破し、「画一化していないように見える画一化」と表現した。言いえて妙である。

 第3に、著者は写真を読み解く能力がありそれを用いた歴史事件への接近である。例えば、林彪事件の最大のポイント、林彪が毛打 倒を決意したタイミングを、71年の『人民画報』(四人組が掌握)7・8月合併号が若き日の魅力的な毛沢東と禿(は)げ頭の林彪の写真を表紙・見開きペー ジで埋めた時点だと読み込んでいる。著者の分析はユニークで説得力がある。

 本書は著者が89年から99年まである雑誌に書き続けた随筆を彼の死後まとめたものである。時代の社会現象として文革の全体像をとらえようとするなら、なお議論の余地はあるが、文革あるいは中国政治の核心を考えるうえで実に豊かな示唆を提供してくれている。

    ◇

 くさもり・しんいち 38年生まれ。宣伝、中国文学、カメラ、ファッション、デザインなど、広範な分野にわたる著述を残し、08年死去。著書に『絶対の宣伝 ナチス・プロパガンダ』『江戸のデザイン』など。

表紙画像

中国文化大革命の大宣伝 上

著者:草森紳一

出版社:芸術新聞社   価格:¥ 3,675

表紙画像

中国文化大革命の大宣伝 下

著者:草森紳一

出版社:芸術新聞社   価格:¥ 3,675

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