2009年9月29日火曜日

asahi shohyo 書評

絞首刑 [著]青木理

[掲載]2009年9月27日

  • [評者]重松清(作家)

■死刑めぐる情と理 迫る重い光景

  部屋の広さは15畳ほど。足元の床は約1メートル四方だけカーペットが切り取られ、周囲が赤く縁取られている。ボタンを押すと激しい音をたててその床が開 き、ロープを首にかけられたまま、体が落ちる。床下の部屋は4メートルほどの高さ。落下した体の足先から床までの距離は約30センチになるよう、事前に ロープの長さが調整されているのだという。

 青木理さんは、本書を死刑執行時の克明な描写から書き起こした。死刑とは絞首刑。その光景を見つめることからすべては始まるのだ、と読者に訴える。

 描かれるのは目に見える光景だけではない。いや、むしろ本書のキモは、死刑をめぐるさまざまな立場の人々の心象風景にあると言っていいだろう。

 心を通わせ合った死刑囚と被害者の遺族、刑を受け容(い)れる代わりに反省の心を捨てたとうそぶく死刑囚、職務として死刑に関(かか)わらざるをえない人々、そして死刑判決を受けた3人の元・少年たちの心境の変化……。

 死刑をめぐる幾通りもの「情」のありようが、ノンフィクションとしての節度を保ちつつ、心理のひだに分け入るような筆致で描か れる。その一方で、死刑を執行する側の論理やDNA鑑定のずさんさへの目配りといった「理」も著者は忘れず、死刑囚の人数から殺人事件の件数に至る数字を 示すことで本書を締めくくる。だからこそ、「情」がいたずらに浮き上がることも「理」が独り歩きすることもなく、罪の裁きとしての極にある死刑が、制度や 観念を超え、重いリアリティーをもって迫ってくる。そこに、本書が『絞首刑』と冠せられた最大の理由と意義がある。

 青木さんは、死刑の存置/廃止の結論へと先走ることを自ら厳しく戒めている。とにかく知ること。そのために徹底して取材し、徹 底して描くこと。死刑論議の論客を目指すのではなく、より真実に近づこうとするノンフィクション作家の矜持(きょうじ)を本書は教えてくれるし、それこそ がいま死刑を考える際に最も必要な姿勢ではないか、とも静かに問いかけるのだ。

    ◇

 あおき・おさむ 66年生まれ。ジャーナリスト。『日本の公安警察』など。

表紙画像

絞首刑 (現代プレミアブック)

著者:青木 理

出版社:講談社   価格:¥ 1,680

表紙画像

0 件のコメント: