2009年9月23日水曜日

mainichi kishanome 20090923

記者の目:鳩山「理系」政権、科学思考生かせ=元村有希子

 鳩山由紀夫首相が就任した。東京大工学部で応用数学を学び、博士号も持つ初の「理系」首相だ。さらに、政権の中枢を理系が占めた。明治以来、日本 をひっそりと支えてきた理系人たちが表舞台に立った。鳩山政権の手腕は未知数だが、文系主導の社会を変えていく潜在力に注目している。

 研究者や技術者らの生き方を通して「科学技術立国日本」を検証する毎日新聞の連載「理系白書」(02年1月〜)が03年6月に単行本になった時、 編集者がつけた副題は「この国を静かに支える人たち」だった。大学や大学院で理学、工学、農学などを学んだ「理系人」たちはその専門力で社会に貢献してき たが、組織のトップの座からは遠ざけられてきた。

 その典型が官界だ。キャリア官僚は採用時、事務官(文系)と技官(理系)の割合は半々なのに、トップの事務次官は9割以上が東大法学部卒の事務官 である。1871(明治4)年の「工部省沿革報告」には「技術官僚は事務官僚より地位を低くすべきだ」との内容が明記されている。文系が決め、理系は従う 「文高理低」の伝統は今も続く。

 政界では理系が絶対的に少ない。国会議員の理系比率は1割程度とも言われる。だから余計に新政権の異例さが際立つ。菅直人副総理は東京工業大で応 用物理を学んだ。平野博文官房長官は中央大理工学部を卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に勤めた。川端達夫文部科学相は東レの研究開発畑出身。首相 と閣僚計18人のうち4人が理系である。

 戦後政治を支配してきた自民党の人材供給源は主に官僚と議員の子弟で、理系人が入る余地は少なかった。一方、民主党はメーカーの労組出身者に加え て、地縁・血縁や組織票を頼れない独立独歩の人材も多い。その中には志を持った理系人も少なくなかった。これも政権交代の一つの「成果」ではないだろう か。

 政財官の「気心の知れた」文系集団が方向を決めてきたのが戦後日本だった。実際、高度経済成長は「文系が決め、理系が作り、文系が売る」役割分担 で実現した。しかしその手法はもう古い。日本は自国の幸せだけでなく、世界が直面する複雑な問題の解を示す役割を求められている。

 鳩山首相が「温室効果ガス排出を20年までに25%(90年比)削減する」と表明し、国際社会で評価されている。自民党が積極的な温暖化対策に踏 み込めなかった理由の一つは財界への遠慮だっただろう。政権交代を機に、温暖化対策に消極的な日本経団連(御手洗冨士夫会長)が民主党と距離を置き、企業 経営者が個人で加入する経済同友会の存在感が強まってきたことも興味深い。その同友会のトップ、代表幹事の桜井正光リコー会長は早稲田大理工学部卒で、 「企業も応分の責任を」が持論だ。しがらみにとらわれずデータに基づいて分析し、判断するのは理系の得意分野といえよう。

 理系指導者は、海外では珍しくない。英国のサッチャー元首相は化学、ドイツのメルケル首相は物理学、中国の胡錦濤・国家主席は水利工学、温家宝首相は地質学。理系、文系を問わず実力で登用された結果だ。

 「理系は視野が狭くリーダーには不適」と危ぶむ人は多いが、文系社会で生き残ってきた理系人には、このステレオタイプな欠点を克服している人が多い。

 橘木俊詔(たちばなき・としあき)・同志社大教授らの企業役員意識調査(93年)によると、理系役員は出世欲は文系役員より低いが、冒険的アイデ アを尊ぶ傾向が強かった。また、彼らの6割以上が技術や製造など理系部門だけでなく、営業や企画、経理など「文系職場」で働いた経験があった。

 技術と経営の両方が分かり、いざという時にはリスクを取る理系リーダー。政治と科学の関係に詳しい角南(すなみ)篤・政策研究大学院大学准教授は 「国際社会でも、科学技術が分かる指導者の方がこれからは有利だ」と指摘する。温暖化対策や途上国開発など、外交に科学技術が登場する場面が増えている。 ただし、角南さんは「理系はコミュニケーションを軽視したり説明不足になりがち。文系のブレーンと協力して欠点を補う努力を」と注文を付ける。

 鳩山「理系」政権の誕生は、文系、理系と色分けしない社会に日本が脱皮するための第一歩だと考える。実現には、子どもを高校在学中に文系・理系に分けてしまう教育の見直しに加えて、社会の意識改革も必要だ。政権交代が生んだ「静かな革命」を、期待とともに見守りたい。

毎日新聞 2009年9月23日 0時21分





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