2009年9月22日火曜日

asahi shohyo 書評

作家と戦争 城山三郎と吉村昭 [著]森史朗

[掲載]2009年9月20日

  • [評者]江上 剛(作家)

■揺るがなかった文学への信念

 吉村昭と城山三郎は、共に昭和2年生まれ。出征した経験がないにもかかわらず、戦争に関係した名作を数多く世に送り出した。著者は、戦争が2人の文学に与えた影響を追究する。

 吉村昭は、芥川賞に4度も落選した。その3度目は悲惨だ。吉村は、妻である作家津村節子の収入に依存しながら、筆一本の生活に 入る。津村は、吉村に病気になればたちまち収入が途絶える作家という仕事の不安定さを訴えるが、「食えなくなったら又(また)それはその時のことだ」と決 意を翻さない。そして芥川賞候補3度目にして出版社から受賞確実という連絡が入った。吉村は急いで身支度を整え、出版社に向かう。ところが落選。受賞会見 に臨む直前で落選など有り得ないだろう。吉村の落胆は、想像するに余りある。

 妻の津村が先に芥川賞受賞。「どんなお気持ちですか」と落選4回の吉村に記者は遠慮がない。ある時は自分の名前を秘して文学賞 へ作品を投稿したこともある。しかしどんなに苦しくとも吉村に一貫していたのは「書きたいものを自由に書く」という作家としての闘う信念だった。この信念 は「戦艦武蔵」で花開き、吉村を記録文学の先駆者へと導く。

 城山三郎は「私を去り自己を無くすること」を説く軍神・杉本五郎中佐の「大義」を読み、理系学生へ与えられた「徴兵猶予」の特 典を捨て、海軍に入隊する。しかし、そこは憧(あこが)れていた世界とは違い、「おそらく世界歴史にもその例が無いであろう」非人間的な社会だった。

 「大義」に裏切られた城山は、作家として戦後の日本人が無くした無私の精神、すなわち「大義」を追求し続けるという信念を貫き通す。そして経済小説から始まり、新たな戦争文学の頂へと登って行く。

 本書は作家と戦争にこだわって書かれているが、私はそういう読み方をしなかった。城山三郎と吉村昭という作家の文学的信念を、深く感ずるだけでいいと思った。信念を貫けば、良き理解者が必ず現れるという事実に勇気づけられたのだ。読者も同じ思いを抱くだろう。

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 もり・しろう 41年生まれ。戦史研究家。著書に『松本清張への召集令状』など。

表紙画像

戦艦武蔵 (新潮文庫)

著者:吉村 昭

出版社:新潮社   価格:¥ 460

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