明るい方へ—父・太宰治と母・太田静子 太田治子さん
[掲載]2009年9月20日
- [文]大上朝美 [写真]高波淳
太田治子さん(61)
■お二人からはこれで卒業
生まれる前から自分の存在が「文学の一部」だった人生とは、どんなだろうと思う。太宰治と、『斜陽』に素材の日記を提供した母・静子の間に何があったか、その真実を見極めようとすることは、太田さんが自分の人生に向き合うことでもあったに違いない。
「いつも『斜陽』がついて回るのはいやでしたし、太宰の作品と正面切って向き合うことからも逃げていた」と語る。しかし、林芙美子の評伝『石の花』を書きあげ、「太宰と向き合う時が来た」という気になったという。
文学好きで世間を知らず、最初の子を死なせた罪障感が消えない静子に、日記を書くよう勧める太宰。太田さんの筆は、太宰にも容赦がない。「性格が八方美人的で、戦争へも、迎合するような文章を書いている。母はその正反対。自由主義者でした」
——こいしいひとの子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます——太宰は、ヒロインに高らかな宣言の手紙を書かせ、『斜陽』を結んでいる。小説の後の現実を生きた母の並大抵でない苦労を娘として知る太田さんはしかし、こう書くのだ。
——最後の手紙を、太宰からの自分たち母娘への遺書だと思ったからこそ母は生きてこられたのだと思う。
「女手一つで働いて育ててくれた。道徳革命を実践した母を心から尊敬しています」。母、父、そして自身への肯定の思いが表題通りの明るさとなって、小説『斜陽』と響き合う。生前、母から聞いていたエピソードを交え描き出される太宰像も、無類だ。
「書くのに苦しんでいた時、20歳の娘が『ママ、太宰さんも静子さんも、二人とも他人なのよ』と言ってくれ、そうか、と客観的に突き放すことができました」。大きな宿題が片づいて、「お二人からは卒業です。もういいです」と、晴れやかな笑顔になった。
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