2009年9月22日火曜日

asahi shohyo 書評

ユダヤ人を救った動物園 [著]ダイアン・アッカーマン

[掲載]2009年9月20日

  • [評者]松本 仁一(ジャーナリスト)

■自殺覚悟でナチスを欺いた勇気

 ナチス支配下のポーランド・ワルシャワで、動物園の園長ヤンと妻アントニーナが多くのユダヤ人をかくまった、その実話である。

 ゾウやライオンなどの大型獣はすでに処分されていた。動物園はがらがらだ。ヤンはナチスに「兵士用の豚の飼育」を提案し、閉園をまぬがれる。ドイツ軍に豚肉を供出する一方、ゲットーから知人のユダヤ人を次々に連れ出し、空いているライオン舎などに隠していく。

 豚がだめになると、次は「軍服の毛皮用」でタヌキ。動物園を閉鎖することなく、ユダヤ人をかくまい続ける。救ったユダヤ人は300人に上った。

 かくまったユダヤ人に、彼らは動物の名をつけた。外部の人間に聞かれても、怪しまれずにすむからだ。有名な女性彫刻家マグダレーナ・グロスは「ホシムクドリ」だった。

 見つかったら銃殺だ。しかし夫妻はちっとも深刻な様子を見せない。

 家の中はユダヤ人が歩き回り、ピアノを弾いたり歌ったりしている。兵士が来るとアントニーナがピアノでオッフェンバッハの喜歌 劇曲を弾き、それを合図に全員が急いで戸棚や地下室に隠れる。笑いの絶えない隠れ家だ。だが実際は、夫妻はポケットに自殺用の青酸カリをしのばせているの である。

 ユダヤ人を救ったシンドラーや杉原千畝らに共通しているのは、ユダヤ人を人間として見ていたことである。ヤン夫妻も同様だった。大切な友人、すぐれた医師、立派な学者、すばらしい音楽家……。ユダヤ人であるかどうかより、その方がはるかに重要だったのだ。

 本書によると、ワルシャワ市民の12人に1人が、命の危険をかえりみずユダヤ人脱出に手を貸したという。なぜか。ナチスへの反感もあったろう。だがそれ以上に、ポーランド人とユダヤ人の関係が濃密だったからではないか。彼らは、そもそも初めから人間同士だったのだ。

 人間を人間として見る。それは命をかける値打ちのあることなのだ。そのことの重要さが、じっくりと伝わってくる。

    ◇

青木玲訳/Diane Ackerman 米国在住。ノンフィクションや詩などの著書多数。

表紙画像

ユダヤ人を救った動物園—ヤンとアントニーナの物語

著者:ダイアン アッカーマン

出版社:亜紀書房   価格:¥ 2,625

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