社説:JR報告書漏えい 何を信じろというのか
国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)の元委員が、在任中に担当したJR福知山線事故の最終報告書案をJR西日本の山崎正夫前社長に漏らし、山崎前社長が内容の修正を働きかけていたことが明らかになった。
事故調は刑事責任追及とは別に、当事者からあらゆる情報を集めて事故原因を究明し、再発防止や安全性向上に役立てるのが本来の目的だ。その公正さや中立性を損ない、国民からの信頼を著しく失墜させる行為である。不正を主導した山崎前社長の責任は極めて重い。
07年6月に公表された事故調の最終報告書は、現場が急カーブに改造された際にATS(自動列車停止装置)を優先的に設置すべきだった、などと指摘した。
山崎前社長は元委員を接待して報告書の内容を公表前に知った。さらに、自分が鉄道本部長時代にかかわったATS設置問題と事故の因果関係の記述を削ることも依頼した。元委員は事故調で修正を提案したが、通らなかったという。
山崎前社長は神戸地検の捜査で、ATS設置を怠った責任者として業務上過失致死傷罪で起訴され、社長を退任したが、取締役に残った。
「早く情報を手に入れ、対応するためだった」と山崎前社長は釈明している。だが、JRや自分の責任を回避する工作と見られてもやむを得ない振る舞いだ。「不適切」で済む問題ではない。
元委員は旧国鉄OBで、山崎前社長の先輩だった。「国鉄一家」気分が抜けていないから、筋違いの依頼に気軽に応じたのではないか。山崎前社長にも、身内への甘えがあったことは否定できまい。
事故後経営トップに就任した山崎前社長は、JR西日本の企業風土改善や職員の意識改革を呼びかけてきた。だが、音頭を取るトップみずからが古い体質にどっぷりひたっていたのでは実効が上がるはずもない。他の幹部にも猛省を求める。
報告書漏えいの事実は前原誠司国土交通相や運輸安全委が記者会見して公表した。政権交代の波及効果だろう。委員人選や調査方法改善について、納得のいく情報開示を進めてほしい。
裏切られた思いがもっとも強いのは事故被害者や遺族である。事故調の報告書を真摯(しんし)に受け止めて再発防止に生かす、というJR西日本の説明を信じたくても、これでは受け入れる余地はなくなる。
一連の工作がすべて山崎前社長の個人行動だったのか、など解明すべき疑問点は多い。JR西日本はきちんと検証し、けじめをつけることが不可欠だ。信頼関係の立て直しは、それからの話である。
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