余録:新政権の外交とは
映画「カサブランカ」でI・バーグマン演ずるイルザの夫役で反ナチ抵抗運動家ラズロにはモデルがいたという。欧州統合を唱えたリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーその人である。ちなみに彼の妻は熱烈な恋愛で結ばれた女優のイダ・ローランだった▲リヒャルトには栄次郎という日本名もある。オーストリアの駐日大使だった父ハインリッヒと日本人の母光子の間に生まれた次男だった。リヒャルトはナチのオーストリア併合の後、欧州各地を転々とし、ポルトガル経由で米国へ亡命した▲彼が取り組んだ汎欧州運動は今の欧州連合のさきがけといわれる。その思想は日本では鳩山一郎元首相によって「友愛」という言葉に集約されて広がった。この言葉は孫の鳩山由紀夫民主党代表にも政治理念として受け継がれることになる▲その鳩山代表が「友愛」思想をもとに米国主導のグローバリズム批判を展開し、東アジア共同体の建設を提唱した論文が海外で複雑な反応を引き起こしているという。本紙の国際面では「米国離れ」とも読める論調への米保守派有識者の反発や、欧州のメディアの注目を伝えている▲思えば祖父の一郎の「友愛」論も、もっぱらそれまでの吉田茂の米国追随やワンマン政治の批判に用いられた。鳩山代表は「論文は反米的ではない」と反論したが、一国のリーダーの言葉の重さというものを改めてかみしめているだろう▲国民の圧倒的支持を背景に登場した非自民政権の外交デビューは、久々に日本が国際社会の注目を浴びる機会ともなる。「友愛」もいいが、新政権は熟慮にもとづく精密な言葉でその外交ビジョンを世界に発信することだ。
毎日新聞 2009年9月2日 0時11分
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