2009年9月2日水曜日

asahi shohyo 書評

吉田松陰の思想と行動—幕末日本における自他認識の転回 [著]桐原健真

[掲載]2009年8月30日

  • [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)

■開かれた国際秩序像を持つ姿提示

 吉田松陰は、徳川末期の尊王攘夷(じょうい)運動の主唱者として、また、長州出身の明治の政治家たちの師として、きわめて名高い。だが、そのめまぐるしい実践活動の背後で、松陰が何を考えていたかについて、学問上の分析を加えた研究書は、これまで少なかった。

 何しろ、遺(のこ)された著作は意見書や書簡が大半を占め、主著とされる『講孟余話』(『講孟箚記<さっき>』)も、経書の講釈、しかも他の学者との論争の過程でなりたった書物である。思想の全体像をとらえ、その変化の跡をたどるのは簡単でない。

 本書は、手堅い思想史研究の手法を用いながら、この課題に果敢にとりくんでいる。そこで明らかになったのは、アヘン戦争の実態や、西洋諸国の外交習慣についても広く学び、開かれた国際秩序像を抱いていた、松陰の姿である。

 ペリーが黒船に積んでいた白旗について、松陰はそれが相手を脅して開国を迫る道具などではなく、交戦の意図がないことを示す記章だと知っていた。また晩年には、鎖国にこだわる攘夷論者を批判し、海外貿易を通じて「皇国」の力を大きくする、「雄略」を唱えたのである。

 しかし、西洋の主権国家が構成する国際秩序の世界に対して、しっかりと目を開いたことは、松陰の場合、すべての人類が一つの秩 序原理を共有すべきだという考えには行き着かない。むしろ、各国がそれぞれの伝統文化を抱えながら、対等にむきあうものとして、松陰は国際秩序を考え、そ の世界像にこだわってゆく。京都の「天子」が「元首」として「万古不易」に君臨するあり方が、「皇国」日本の独自性だとする尊王論も、ここから発してい た。

 世界大の交流においては、何らかの規範や基準を共にすることがどうしても求められる。しかし、自分の国の独自性をまったく消し 去って、外交や通商に臨んでいれば、主体性を失ってしまう。百五十年前の日本人が、現代にも通じるこの難問に、真剣にむきあっていたことを、本書の説く松 陰の軌跡が教えてくれる。

    ◇

 きりはら・けんしん 75年生まれ。東北大学文学部助教(日本思想史)。

表紙画像

吉田松陰の思想と行動

著者:桐原 健真

出版社:東北大学出版会   価格:¥ 3,150

表紙画像

講孟余話 (岩波文庫 青 21-1)

著者:吉田 松陰・広瀬 豊

出版社:岩波書店   価格:¥ 798

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