アメリカン・テロル—内なる敵と恐怖の連鎖 [編著]下河辺美知子
[掲載]2009年8月30日
- [評者]高村薫(作家)
■全体を部分が壊す米歴史の記憶
九・一一直後のアメリカで、恐怖と敗北感があっという間に愛国心の高揚に変換されていったのはなぜなのだろう。富める者も貧しい者も、保守もリベラルも、誰もが一様に奉じる「アメリカ」とは何なのだろう。
本書では日本の十二人の研究者が主に文学をテキストにして、建国以来の歴史に内在するアメリカの心象に分け入ってゆく。たとえ ば、十八世紀末の『エドガー・ハントリー』に描かれるアイルランド移民のテロリストの肖像。アーヴィングの『リップ・ヴァン・ウィンクル』に描かれるオラ ンダ人入植者の生活風景と、それを彩っている先住民族の伝承。これらは、アメリカがヨーロッパの植民地から独立してゆく過程でつねに国境や境界が意識さ れ、そこでアメリカ/非アメリカ、白人/非白人、といった定義が生産され続けてきたことの表象となっている。
部分から全体へ。かつて自身が「部分」として独立戦争を戦ったアメリカの歴史は、部分の集まりだった混成国家の記憶を封印して 「全体」になろうとしてきた歴史である。「全体」を内部から破壊する「部分」をテロと定義するなら、九・一一がアメリカに想起させたのは、その自身の歴史 の記憶であり、だから事態を客観化できなかったのだと本書は言う。体験が歴史のなかに固定されない限り、恐怖はリアルであり続け、早晩、攻撃性に変換され るのである。
それにしても、「アメリカ」に内包された個人は、白人であれ非白人であれ、たんに国家を構成する国民というだけではないに違い ない。ときに『白鯨』のエイハブ船長のように完全に能動的な個人を目指すあまり排他的な全体主義になり、ときに極右青年のように自らを抑圧する共同体に向 けて銃を乱射しながら、彼らはつねに父なるアメリカの子どもであり続け、運命共同体であり続けるのだから。
しかし、この強迫的な「アメリカ」というイデオロギー装置から自由な者もいる。その例として、『八月の光』の主人公ジョー・クリスマスと、ヘンリー・ダーガーの物語世界があげられているのが興味深い。
◇
しもこうべ・みちこ 成蹊大学教授(アメリカ文学)。著書に『トラウマの声を聞く』ほか。
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著者:下河辺 美知子
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