2009年9月3日木曜日

asahi archeology history 2500 Jomon skull Osaki Miyagi

2500年前の人骨まるごと出土 宮城・縄文晩期の遺構

2009年9月3日16時35分

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写真:墓から出土した縄文時代晩期のものとみられる人骨=大崎市田尻墓から出土した縄文時代晩期のものとみられる人骨=大崎市田尻

写真:墓から出土した縄文時代晩期のものとみられる人骨=大崎市田尻墓から出土した縄文時代晩期のものとみられる人骨=大崎市田尻

 宮城県教育庁文化財保護課は3日、大崎市田尻の北小松遺跡で、約2500年前の縄文時代晩期の遺構と遺物が発見されたと発表した。この中には人骨がほぼ そのままの状態で残っている墓や木製品、骨角器など通常は腐って残らない遺物も出土しており、当時の人々の暮らしぶりや埋葬方法を知るうえで非常に価値が 高いとしている。

 北小松遺跡は大崎平野北辺の丘陵の縁にある沼辺に位置し、すでに縄文時代の土器や石器などが出土していた。今回の調査では、遺跡の中でも特に遺物量が多い中心部付近を発掘した。

 この結果、縄文晩期の遺物包含層から掘っ立て柱の穴、墓、集石遺構、埋設土器などが多数見つかった。中でも丘陵突端の斜面から、隅丸長方形の墓8 基と直径50センチ前後の円形の墓8基が発見され、人骨がほぼそのまま残っているものもあった。また、土偶や竹を編んだかごに漆を塗って固めた容器、シカ やサケなど動物の骨、貝殻、木の枝なども非常によい残存状態で出土したという。

 同課は「一般的には酸性の土壌のために骨や木などは残らないケースが多いが、ここは低湿地で地下水位が高かったため、腐らずに残ったようだ」と説明している。

 一般向けの現地説明会は5日午前10時半から開かれる。(川崎友水)




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