地図男 [著]真藤順丈
[掲載]2008年11月2日
- [評者]奥泉光(作家、近畿大学教授)
地図男——。彼は所有する国土地理院発行の「29cm×19cmの関東地域大判地図帖(ちょう)」に無数の物語を記しつつある。それは具体的な場所で生 まれた物語であり、地図上の当の場所に細かな文字で書き込まれるだけでなく、付箋(ふせん)や紙切れが次々張り付けられて非常に分厚くなっている。
登場人物が移動すれば、書き込まれる場所も地図上を移動する。その結果、一つの物語を追いかける読者は、どこを読んだらいいか 分からなくなってしまう。といって、書かれたものが魅力を失うわけではない。層になった物語群が一種の迷宮をなすことで、一つ一つの断片はむしろ輝きを帯 びると想像される。
物語は通常単線的なものである。だが、地図男の物語は平面に広がり、さらに層をなすことで三次元方向にまで拡張される。これは 地理に異様に詳しい地図男が、地図を空間的に把握していることに比喩(ひゆ)的に対応しているのだけれど、小説というものの本質にも対応している。
小説は物語そのものではなく、元来単線的である物語を素材に、広がりのある時空間を作り上げる技術だ、という言い方ができるだ ろう。つまらない小説が物語にただ寄り添うのに対して、面白い小説は、どんなに単線的に見えても、小説世界に奥行きが感じられるものだ。地図男の「書物」 は小説の理想であり、ボルヘスの小説にでも登場しそうなこの「書物」は、アイデアがよいだけでなく、そのイメージがリアルな感触で定着されているのが素晴 らしい。
さほど長くない小説中で紹介される物語の断片はほんのいくつかでしかない。が、スピード感あふれる文体で記される断片はどれも 魅力的だ。そして小説後半、一見脈絡のない地図男の物語群に隠された主題を探るという、謎解きの趣向が導入されるに至って、一編はウェルメードなエンター テインメントとしての着地点を見いだす。そのことに文句はない。文句はないが、ウェルメードであるために失ったものもあるのではないか……と論じるだけの 字数がもうない。まずは新たな小説的才能の出現を喜びたい。
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しんどう・じゅんじょう 77年生まれ。08年に公募の3新人賞を受賞。
- 地図男 (ダ・ヴィンチブックス)
著者:真藤順丈
出版社:メディアファクトリー 価格:¥ 1,260
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