2008年11月25日火曜日

asahi shohyo 書評

鴎外・茂吉・杢太郎—「テエベス百門」の夕映え [著]岡井隆

[掲載]2008年11月23日

  • [評者]小高賢(歌人)

■味わい深い文学者の史伝的随筆

  鴎外・茂吉・杢太郎の共通点は何か。答えは医学。3人とも医者である。岡井隆も内科医である。いや、あったというべきかもしれないが、本書はその観点も加 味し、3人の人間関係だけでなく、実人生と文学の微妙なずれや、個人的懊悩(おうのう)、時代とのかかわりなどが、日記や周辺資料も駆使して丹念に読み込 まれる。

 いままであまり振り返られなかった作品の鑑賞や、生涯における錯誤や齟齬(そご)、あるいは周りの証言など、読みすすむにつれ、文学ミステリーの謎解きの現場に立ち会っているような興奮を覚える。

 例えば、若き杢太郎に多大な影を投げかけた山崎春雄という友人の存在、杢太郎の本名である皮膚科医・太田正雄の満洲行きの経緯、鴎外の妻しげ女の小説。さらには鴎外の短歌や俳句への芥川龍之介のきびしい批評、鴎外の「我百首」解釈、茂吉の『あらたま』制作時の事情。

 ディテールをつかみ出し、多方面に広げ、語ってゆくおもしろさ。作品の背後にある事実への歌人らしい強い興味と短詩型を軸にジャンルを横断する広い目配り。あとがきで著者も自負するとおり、いつの間にか明治の終わりから大正にかけての空気が濃厚に立ち上がってくる。

 500ページもの大著だが、史伝的随筆の味わいは読書という豊かな時間を約束する。

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