2008年11月12日水曜日

asahi shohyo 書評

一粒の柿の種—サイエンスコミュニケーションの広がり [著]渡辺政隆

[掲載]2008年11月9日

  • [評者]香山リカ(精神科医、立教大学現代心理学部教授)

■みんなでサイエンス井戸端会議を

  今年のノーベル賞は、物理学の3人に加え化学賞も日本人が受賞。とはいえ、4人がどんな偉業を成し遂げたのか、一般人にはよくわからない。マスコミも、顔 が誰に似ているとか好きな食べ物は何だとか、ごく表面的なエピソードを語るのみ。最先端の難解な科学は、ふつうの市民にとってはますます近寄りがたいもの になりつつある。

 しかし、サイエンスライターである著者は、それは科学の本来の姿ではないと主張する。日本にもその昔、寺田寅彦や中谷宇吉郎ら 「文人科学者」と言うべき語りの達人がいた。また、ダーウィンの『種の起源』にしても、専門家向けの学術書ではなく一般向けの教養書として世に出されたも のだ。かつては科学と世間との距離はもう少し近く、サイエンティストとは「本来、人びとに科学を語る人でもあった」と著者は言う。

 そして、科学と世間との溝を再び埋めるために著者が提案するのが、"サイエンスコミュニケーションのすすめ"だ。タクシーやエ レベーターの中で、ミュージアムで活字メディアの場で、井戸端会議をするように気軽に楽しく科学を語ろう。インチキな「ニセ科学」にだまされさえしなけれ ば、科学のポピュラー化、おおいにけっこう。

 それにしても、なぜここまでして一般市民を科学に近づけなければならないのか。小中学生にアンケートをしても、「英語や国語は 将来役に立つが、理科は役に立たない」と答える生徒が多いのに。こういう疑問に対して著者は、理科で学ぶ知識や考え方は生きていくうえで必要なリテラシー の一つであり、この「科学リテラシー」は一人ひとりが自らの人生をデザインしていくための素養として欠かせない、と言う。

 本書には、サイエンスコミュニケーションのためのネタもいっぱいだ。さあ、一読したら科学者も一般の市民もそのあいだをつなぐ著者のようなサイエンスライターも、みんなで外に出てサイエンス井戸端会議をしてみよう。そんな前向きな気持ちになれるなんとも楽しい一冊。

    ◇

 わたなべ・まさたか 55年生まれ。サイエンスライター。『DNAの謎に挑む』など。

表紙画像

種の起原〈上〉 (岩波文庫)

著者:チャールズ ダーウィン

出版社:岩波書店   価格:¥ 903

表紙画像

種の起原〈下〉 (岩波文庫)

著者:チャールズ ダーウィン

出版社:岩波書店   価格:¥ 903

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