2008年11月12日水曜日

asahi shohyo 書評

もっとも美しい対称性 [著]イアン・スチュアート

[掲載]2008年11月9日

  • [評者]尾関章(本社論説副主幹)

■数学者たちの格闘に見る宇宙の真理

 恋物語を読んでいて、男女を入れ替えてみる。遊び心で、そんな思考実験をしたことはないだろうか。A美をA太に、U太をU美に置き換える。男女雇用機会均等法もあってかなりのところまではうまくいくが、A太がU美の子を身ごもる段になって破綻(はたん)する。

 対称性の破れとは、そのようなものだ。置き換えても同じ話が成り立てば対称、ダメならそれは破れている。

 この言葉が、ことしほど世間の耳目を集めた年はあるまい。南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏に贈られるノーベル賞のおかげで ある。それを予感してか、あるいは偶然か、対称性をめぐる良書の刊行も相次いでいる。レオン・レーダーマンほか著『対称性』(6月1日付読書面で紹介)な どを追うように出たのが本書『もっとも美しい……』だ。

 まずは、この本が語る宇宙史。「宇宙が誕生したとき、とてつもない高温状態にあった。はじめ、四つの力はすべてまったく同じ振る舞いをしていた。だが宇宙が冷えるにつれてその対称性が破れ、それぞれの力は分化して別々の特徴を持つようになった」

 四つの力とは、重力と電磁気力、原子核の2種の力のことだ。原始の宇宙はのっぺりしていて、あらゆる力がとりかえ可能だったらしい。たとえて言えば、恋も家族愛もなく、ひとしく友情のみが支配する世界か。

 あれやこれやの置き換えをしても同じ話ができる。相対論と量子論を柱とする20世紀物理は、そんな対称性の高い理論を生みだしてきた。それは、四つの力を一つにとらえる「万物理論」の追求へとつながっている。

 著者は、こうした現代物理の密林に踏み込む前に、バビロニア以来の数学史をひもとく。代数方程式などの難題と格闘した先人たちの人生点描を織り交ぜる柔らかな筆致だ。私たちの宇宙は、数学者が紡いだ対称美に根ざすのだ、という自負が伝わってくる。

 なかでも描写に力がこもるのは、19世紀フランスの動乱期を生き、謎めいた決闘で命を落としたガロアだ。「群論」という新しい数学を切りひらいた。対称を保つ置き換えの集まりがもつ数理の構造に迫ったのである。

 今、万物理論探しは群論なしにありえない。4次元時空を超える多次元世界を舞台に、実数の領域をはみだした数を相手とする対称性の探究だ。ひときわ大きな「超対称性」を想定し、ものの根源は極微のひもの震えにあるとみる理論などが有望視されている。

 それにしてもこの世界って、もともとそんなに対称で美しいものだったのか。6月の書評で非対称の装いをもちだして書いた「宇宙はワンショルダーが好きかもしれない」という皮肉を繰り返したくもなる。

 ここで目を引くのは、「数学的美しさは(中略)物理的真理の必要条件だということだ。しかし十分条件ではない」という著者の指摘だ。たしかに実験でダメ出しされる美しい理論もあまたあるのだろう。

 この宇宙の本質が対称で美しいとしても、それはほんの一握りの対称美というわけだ。

 残りは人のアタマのなかだけにある?

    ◇

 水谷淳訳/Ian Stewart 英国・ウォリック大学教授。数学者。数理生物学などを研究。著書に『自然の中に隠された数学』など。

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もっとも美しい対称性

著者:イアン・スチュアート

出版社:日経BP社   価格:¥ 2,730

表紙画像

対称性—レーダーマンが語る量子から宇宙まで

著者:レオン・レーダーマン・クリストファー・ヒル

出版社:白揚社   価格:¥ 3,360

表紙画像

自然の中に隠された数学 (サイエンス・マスターズ)

著者:イアン スチュアート

出版社:草思社   価格:¥ 1,890

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