2008年11月12日水曜日

asahi shohyo 書評

追跡・アメリカの思想家たち [著]会田弘継

[掲載]2008年11月9日

  • [評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■近代合理主義を疑う保守の流れ

  アメリカには思想がないという人がたまにいる。ヨーロッパびいきの人に多い。そうでなくても、アメリカの思想ははなから蔑視(べっし)される傾向が強い。 しかし、電電公社・専売公社・国鉄の民営化、そして郵政民営化など、わが国で起きた1980年代以来の一連の改革、あるいはフェミニズムの思想、ロールズ の正義論などを例にとっても、学界から現実の政治に至るまで、右であれ左であれ、アメリカの政治思想はわが国にさまざまな形で影響を与えてきた。

 本書は、現代のアメリカ政治に影響を与えてきた10人あまりの思想家を、その人生や交友関係、そして思想の特徴などに触れなが ら、一般読者にもわかりやすく解説したものである。ジャーナリストらしく、何人かの対象には直接聞き取り調査をしている。取り上げられている思想家は、 ラッセル・カーク、レオ・シュトラウス、ジョン・ロールズ、ウィリアム・バックリーらである。リベラリズムも扱われているが、全体の力点は明らかに保守の 側にあり、むしろアメリカ保守思想の諸相と題した方が内容と合致する。

 著者が力説するのは、近代の問題性である。アメリカの戦後保守思想の源流と著者が定義するカークは、エドマンド・バークやジョ ン・アダムズにまで立ち返ることで、自由主義、個人主義、功利主義、プラグマティズム、資本主義をすべて批判した。キリスト教原理主義、南部農本主義、共 同体主義にも、近代に対する懐疑が濃厚に備わっている。

 新保守主義やリバタリアニズムなど、アメリカの保守の中でも近代の側を代表する思想も存在するが、著者は「一般には市場万能主 義の権化のように言われるハイエクだが、自由の追求を通じて行き着いたところは『近代』の合理主義への懐疑だった」と指摘し、アメリカの保守を理解する際 のこの問題の重要性を強調する。

 単純な市場万能主義と理解されがちなアメリカの保守主義に、意外な深み、屈折、そして影と襞(ひだ)があることを本書は示唆してくれる。

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 あいだ・ひろつぐ 51年生まれ。共同通信社ワシントン支局長などを経て論説委員。

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