2008年11月5日水曜日

asahi shohyo 書評

慟哭—小説・林郁夫裁判 [著]佐木隆三

[掲載]週刊朝日2008年11月7日増大号

  • [評者]温水ゆかり

■オウムはエリートだったか?

 『復讐するは我にあり』の緒形拳さんの演技は素晴らしかった。と、哀惜のあまり違う前置きから入ってしまうが、同原作者による本書は、地下鉄サリン事件実行犯の一人林郁夫に焦点を当てる。

 林は地下鉄サリン事件から約2週間後の95年4月、石川県で逮捕された。そして5月、突然言い出す。「サリンをまきました」。 「ウソだろう!」と、自分の耳を疑う担当刑事達。そりゃ驚く。監禁罪などありふれた罪状の事件とばかり思っていたのだから。この告白によって実行犯が割れ る。林は自首扱いで無期懲役(98年)。本書の題名は、林の悔恨が肉体的苦痛を引き起こし、証言台に身を潜り込ませたまま動けなくなった時の状態から取ら れている。

 当時不思議だった。世間が"あんな高学歴の人達が"と震撼している様が。思えば高学歴者は体制の利益享受者、言い換えれば利益 を享受しないでなんのための高学歴と位置づけられているのだろう。 しかし、はばかりながら真のエリートとは改革者なのでは? 林は錯誤者だったが。

 "大きな物語"を排し、事実に語らせたのが本書の特徴。禁欲的手法が効いている。14年目にして改めて読むオウム事件。重く、棘はまだ鋭い。

表紙画像

復讐するは我にあり 改訂新版

著者:佐木 隆三

出版社:弦書房   価格:¥ 2,520

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