2008年8月1日金曜日

asahi shohyo 書評

変貌する民主主義 [著]森政稔

[掲載]2008年7月13日

  • [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)

■否定的な現実のなかに活性化をさぐる

 「民主主義」とは、ふしぎな言葉である。同じデモクラシーの訳語としては「民主政」もあるが、日本では多くの場合、自由主義や保守主義といった「○○イズム」と同様に、民主「主義」と呼ばれてきた。

 しかし、この本によれば、統治形態の一分類にとどまらず、人間の生き方をも指定する理念として、デモクラシーを掲げるのが、フ ランス革命以後の西洋の思想動向であった。20世紀に入ると、この高貴な理念としての「民主主義」が、多くの先進国によって国家原理に採用され、共産主義 諸国の体制崩壊とともに、その正当性はゆるぎないものになった。

 だが、民主主義をめぐる思想の現状はどうか。陳腐な政治慣行となったそれへの不満が広まるだけでなく、民主主義を支持する側も、さまざまに対立する諸潮流を含む、不透明なものと化している。

 この混沌(こんとん)たる現状の出発点として、森政稔は、60年代から80年代にかけての欧米の思想動向を見る。新左翼が、管 理社会批判やフェミニズムなど、新たな政治争点を掘り出すようになり、他面で保守派が市場の自由放任と「小さな政府」の主張へと、立場を大きく変えた。後 者はやがて、新自由主義の路線として、先進国の現実政策に浸透するに至る。

 この本は、こうした思想史の展開を押さえながら、現在進行形で論じられつつある、さまざまな問題群を、明確に整理してとりあげている。

 とりわけ、新自由主義による衝撃を重く見るのである。それは一面では、政治の領域をせばめ、財の配分を市場の運動に委ねる点で、民主主義を衰弱させるものだった。

 だが他面、新自由主義の提起した政治のアカウンタビリティー(応答性)という発想は、民主主義の新たな道をも切り開くだろう。 外来者や将来世代、あるいは国際世論といった、「外部」からの要求に対しても、民主的な政府がきちんと応えてゆくこと。そうした方向を、この本は指し示 す。新自由主義の横行という一見否定的な現実のなかに、民主主義の活性化の可能性を見いだそうとする、大胆な冒険がここにある。

    ◇

 もり・まさとし 59年生まれ。東京大学教授(政治・社会思想史)。

表紙画像

変貌する民主主義 (ちくま新書 722)

著者:森 政稔

出版社:筑摩書房   価格:¥ 819

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