2008年8月22日金曜日

asahi shohyo 書評

ケータイ小説は現代の陰画か

[掲載]2008年8月17日

  • [評者]石原千秋(早稲田大学教授)

■夏の読書特集 新書を読もう!

 一時はアメリカの「ニューヨーク・タイムズ」や全国ネットの「CBS」までが特集を組んだ日本のケータイ小説ブームもいまは盛りを過ぎたようだが、それだけにその特徴がはっきり見えてきた。

 本田透は「売春、レイプ、妊娠、薬物、不治の病、自殺、真実の愛」がケータイ小説に必須のアイテムだとしている(『なぜケータ イ小説は売れるのか』ソフトバンク新書)。これを踏まえて私は、ケータイ小説には物語を「リアル」に見せて、「大人」には届かないループを形成する仕掛け があり、「少女=きれい/大人=汚い」の二項対立の構造や男性優位のホモソーシャル構造などによって構成された、性を記号として書くポスト=ポスト・モダ ン小説だと分析した(『ケータイ小説は文学か』)。

 菅聡子編『〈少女小説〉ワンダーランド』は、明治から現代、そして海外の少女小説にまで目配りをした好著。少女小説が、少女の 自立から、社会からの逃走へ変わってきた様相が見て取れる。現代の少女小説の総本山であるコバルト文庫の編集者が、次はケータイ小説だと語っている。

 速水健朗『ケータイ小説的。』は、ケータイ小説は歌手の浜崎あゆみを本歌取りのように成立しているが、それは保守的なヤンキー から革新的なコギャルにまで展開してきた「不良少女」の「再保守化」だったと言う。また、ケータイ小説が地方で売れたのは物語の人間関係に「地元つなが り」の傾向が強いからで、ケータイというツールが生んだ過度の親密さが恋愛を暴力を孕(はら)むものに変えたと、ユニークな分析を行っている。ケータイ小 説は、ケータイが生んだ人間関係を書いた小説でもあったのだ。

 セジウィック『男同士の絆』は、ホモソーシャル(男性中心の均質化された社会)という概念を確立した記念碑的な書物。近代の父 権制資本主義は、家同士の結婚によって女性を交換し、男同士の絆(きずな)を深めて男社会を作ることで成立していると言う。新しい感覚によって書かれたと 思われがちなケータイ小説が、実はこの構図にすっぽり収まるのだ。ケータイ小説も、現代社会の陰画でしかなかったのだろうか。

    ◇

 いしはら・ちあき 早稲田大学教授 55年生まれ。専門は日本近代文学。著書に『ケータイ小説は文学か』(ちくまプリマー新書)のほか、『漱石と三人の読者』『謎とき 村上春樹』『教養としての大学受験国語』など。

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男同士の絆—イギリス文学とホモソーシャルな欲望

著者:イヴ・K. セジウィック

出版社:名古屋大学出版会   価格:¥ 3,990

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なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書 63)

著者:本田 透

出版社:ソフトバンククリエイティブ   価格:¥ 735

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漱石と三人の読者

著者:石原 千秋

出版社:講談社   価格:¥ 777

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謎とき村上春樹 (光文社新書 (329))

著者:石原 千秋

出版社:光文社   価格:¥ 882

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