2008年8月20日水曜日

asahi shohyo 書評

「教養主義」没落後の教養とは

[掲載]2008年8月17日

  • [評者]竹内洋(関西大学教授)

■夏の読書特集 新書を読もう!

 『教養主義の没落』の執筆前のこと。授業で、『三太郎の日記』(阿部次郎、角川文庫など)などを紹介しながら、旧制高校の教養を説明した。学生が手をあげて質問した。「昔の学生はなぜ難しい本を読まなければならないと思ったのか?」

 この虚を衝(つ)く質問が近代日本の読書=教養について考えてみるきっかけになった。たしかに、読書による真善美の追求や人格の向上、社会の改良は、近代日本の学生文化だった。しかし、岩波文庫を何冊読んだというように知識の量を誇る、いやみなところもあった。

 とすれば、近代日本の教養は、強迫的な教養主義、教養の強要主義として解明すべきものとおもうようになった。こうした教養主義がどうして学生文化になったのか、また1970年代以後の教養主義殺しの犯人は……これが『教養主義の没落』の狙いだった。

 しかし、読書量を誇る「ひけらかし」系の旧制高校生的教養主義は、これからの教養のモデルにはなりにくいだろう。なるとした ら、明治時代の濃密な師弟関係や友情という人的媒体のなかで伝達された教養であろう。高橋英夫『偉大なる暗闇』は、旧制一高の岩元禎教授を中心に逝きし日 の教養共同体を生き生きと再現している。

 戦前の高等女学校卒者などの「嗜(たしな)み」系の教養もモデルになるだろう。高女卒業生がふえた大正時代には「立身出世亭主に教養女房」とさえいわれていたからである。立身出世亭主は教養主義者の成れの果てである。

 林真理子『本を読む女』は、女学校から女子専門学校に進学し、結婚した万亀(まき)の半生記。それぞれの章題は「赤い鳥」から はじまり「斜陽」まで万亀が読む書物になっている。無垢(むく)な教養への憧(あこが)れが可憐(かれん)で美しい。『ミッション・スクール』(佐藤八寿 子、中公新書)と『女学校と女学生』(稲垣恭子、中公新書)で、和歌や生け花にまでわたる彼女たちの趣味としての教養を知ることができる。

 意表をつくのが佐藤卓己『テレビ的教養』。アニメや大河ドラマが歴史や文学への関心を膨らませるように、テレビはあなどれないとして説得的である。

    ◇

 たけうち・よう 42年生まれ。専門は教育社会学。著書に『教養主義の没落』(中公新書)のほか、『立志・苦学・出世』『大学という病』など。

No image

本を読む女 (新潮文庫)

著者:林 真理子

出版社:新潮社   価格:¥ 460

表紙画像

テレビ的教養 (日本の〈現代〉 14)

著者:佐藤 卓己

出版社:エヌティティ出版   価格:¥ 2,415

表紙画像

ミッション・スクール (中公新書)

著者:佐藤 八寿子

出版社:中央公論新社   価格:¥ 798

0 件のコメント: