2008年8月12日火曜日

asahi shohyo 書評

なぜ歴史が書けるか [著]升味準之輔

[掲載]2008年8月10日

  • [評者]奈良岡聰智(京都大学准教授)

■効用ではなく人生のようなもの

 人はなぜ歴史を書くのだろうか。難問である。おそらく永遠のテーマかもしれない。この問いに対して、著者は答える。「意味や効用があるから歴史を書くのではない。それは、人生のようなものであろうか」

 一見、身も蓋(ふた)もない言葉と思われるかもしれないが、そうではない。重大事件に遭遇したとき、人がそれを記録し、意味を 考えることは、必然であり、喜びでもある。著者は、そう言っているのである。大著『日本政党史論』など幾多の著作を物した経験に裏づけられた、実に含蓄深 い言葉である。

 著者は、古代ギリシャ以来の歴史書に拠(よ)り、古今東西の豊富な事例を取り上げながら、歴史の方法論を追求していく。歴史学 の核心は、歴史を作り上げた人々の内面的過程を探求することにあると喝破し、伝記こそが最高の歴史であると示唆している点が、とりわけ印象深い。本書を通 して、歴史研究には、自然科学、社会科学とは異なる独自性があることが、はっきりと分かるだろう。

 「なぜ歴史が書けるか——なぜか歴史が書ける」。最後に著者はこう述べて、歴史とは何よりもまず楽しいものなのだ、というメッセージを送っている。82歳にして本書を上梓(じょうし)した碩学(せきがく)のますますの健筆を期待したい。

表紙画像

なぜ歴史が書けるか

著者:升味 準之輔

出版社:千倉書房   価格:¥ 2,940

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