サブリミナル・インパクト—情動と潜在認知の現代 [著]下條信輔
[掲載]2009年2月8日
- [評者]瀬名秀明(作家、東北大学機械系特任教授)
■無意識の認知が社会のうねりを生む
コカ・コーラはあらかじめブランド名を知って飲むと脳のある部分が活動するのに、ペプシだとさほど反応しない。ペプシは脳科学的にもブランド戦略に失敗し ている——そんな衝撃の研究が発表されたのは04年。人間の経済行動と脳の働きを結びつけるニューロエコノミクスは大流行し、一般向けの解説書も気軽に読 める時代になった。
人間の脳のクセがクリアに説明されるほど、しかし私たちはもやもやと居心地の悪さを覚える。すっきりわかりやすい脳の本の洪水 に息苦しさを感じる読者は本書の眼差(まなざ)しに希望を見いだすだろう。著者単独書としては実に9年ぶりとなるが、その問題意識にブレはない。むしろ 21世紀に入り現実性を増している。
本書が目指すのはポランニーが〈暗黙知〉といった潜在認知、つまり私たちの無意識的な知覚と人間らしさのあり方だ。昨今の認知 心理学は実験デザインのインパクトが人の興味を惹(ひ)きつけるが、本書ではそれらの面白みはさらなる思考へのきっかけである。これまでアーティストらと も対話を続けてきた著者ならではの論が展開されてゆく。
ある作家が紅白歌合戦で漏らした一言の感想をきっかけに、著者は音楽の快の進化的起源から記憶や選好とのかかわりへ、そして産 業やリアリティーの本質へと迫ってゆく。私たちの潜在的な認知や情動は社会のうねりを生み出すのだ。その大きな側面が政治・経済であり、他の側面が芸術や 科学研究などの創造性(クリエイティビティー)だろう。米国に暮らす著者はメディアが放つ大衆誘導にも鋭敏だ。私たちはいかにそれらを受けとめ、いかに賢 く自らの潜在的な情動で応ずるのか。個人と社会の間に広がる、いまだはっきりとは見渡せない潜在認知の沃野(よくや)へ、著者は一歩ずつ踏みしめながら進 む。
私たちの快から独創性の本質へと向かうその道筋は潜在的であるがゆえに多くの分野と繋(つな)がる。そのもやもやとした未来に希望や強さがあると、読了後に腑(ふ)に落ちる。著者と東浩紀氏との対論を収めた『環境知能のすすめ』(発売・丸善)も併読を勧める。
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しもじょう・しんすけ 55年生まれ。カリフォルニア工科大学教授(知覚心理学)。
- サブリミナル・インパクト—情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)
著者:下條 信輔
出版社:筑摩書房 価格:¥ 945
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- 環境知能のすすめ—情報化社会の新しいパラダイム
著者:竹内 郁雄・東浩紀・石黒浩・下條信輔・堂坂浩二・南泰浩・中島秀之・輿水大和
出版社:Codex Archives & Publishing/remixpoint, inc. 価格:¥ 2,520
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