2009年2月25日水曜日

asahi life shohyo kimono

着物のこころ つい先ごろまでは普通だった

[掲載]2009年2月22日

  • [評者]大上朝美

 白無垢(むく)の花嫁衣装にカラーコンタクトとか、着物を新感覚で着こなすのも悪くはないが、着物を普通に着ていたつい先ごろまでの暮らし、文化のありようも、忘れがたい。

 「茶の勝つた節糸の袷(あわせ)は存外地味な代(かわ)りに、長く明けた袖の後から紅絹(もみ)の裏が婀娜(あだ)な色を一筋 なまめかす。帯に代赭(たいしゃ)の古代模様が見える」とは、夏目漱石の最初の新聞小説「虞美人草」のヒロイン藤尾のある日の装い。これを「モダンなとり あわせ」として藤尾の人となりを推察できる読者はいま、どれほどいるだろう。『文士のきもの』は、近現代作家と作品を着物で読み解く趣向が面白い。

 着物といえば幸田文。一人娘の青木玉さんが、母から受け継いだ着物をよみがえらせる『着物あとさき』(新潮文庫・540円)に は、戦後も好んで着物を着続けた母と、母を見て育った自身の、その時々の思いもつづられる。そして『幸田文しつけ帖(ちょう)』では、文が父・露伴から受 け継いだ日常の立て方の精髄が、実に小気味の良い文章で披露される。

 着物は、形は同じでも素材の糸、染め、織りで多彩な表情を持つ。『白夜に紡ぐ』の著者は、長年、植物染料の色を追い続けてきた 染織作家だ。緑の葉から緑色を染めることはできないのに、抹茶はなぜ変わらず緑色を保てるのか。染織の奥深い世界に触れ、解けない謎を抱き続ける作家なら ではの、陰影に富んだエッセー集である。

 「着物小説」とでも呼びたいのが『喋々喃々(ちょうちょうなんなん)』。東京・谷中でアンティーク着物の店を営む主人公の恋 が、季節の移り変わりに応じた着物の装いとともに描かれる。主人公のように「きものを着たままで自転車に乗る」ほど慣れればいいが、畳に正座はやはりつら いな、と思ってしまうのが、我ながら情けない。

表紙画像

文士のきもの

著者:近藤 富枝

出版社:河出書房新社   価格:¥ 1,890

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幸田文しつけ帖

著者:幸田 文

出版社:平凡社   価格:¥ 1,680

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白夜に紡ぐ

著者:志村 ふくみ

出版社:人文書院   価格:¥ 2,940

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喋々喃々

著者:小川 糸

出版社:ポプラ社   価格:¥ 1,575

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着物あとさき (新潮文庫)

著者:青木 玉

出版社:新潮社   価格:¥ 540

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