現(うつつ)な像 [著]杉本博司
[掲載]2009年2月22日
- [評者]橋爪紳也(建築史家、大阪府立大学教授)
■「時間を止めたい」欲求を考察
尊敬してやまない杉本博司の随想集。創作を巡る逸話、古美術品との運命的な出会いなどをつづる。どのエピソードも秀逸だ。洞察は深い。卓越した表現者は、卓越した文才の持ち主でもある。
著者はジオラマや蝋(ろう)人形など精緻(せいち)な偽物をリアルに撮影した一連の作品、焦点をずらした建築写真などで著名だ。
私が衝撃を受けたのは「劇場」シリーズ。レトロな映画館内にカメラを固定し、上映終了まで露光を続けると、スクリーンだけが真っ白に光る不思議な写真となる。開館から今日までの時間の流れを凍結して、一枚の印画紙に封印したようだ。
本書でも「時間」を止めたいという普遍的な欲求に関心が向く。「真を写す」と大風呂敷を広げる写真も、誕生時は「究極のだまし絵」であった。光学的な虚像が劣化する過程を長引かせる工夫を施した「現な像」でしかないと看破する。
カバーの裏に、暗い水平線に戦艦や空母の艦影が列をなす様がデザインされている。米国本土への攻撃を想定、サンフランシスコ湾 の要塞(ようさい)に帝国艦隊の姿を描いたと紹介する本文の内容と響きあう。太平洋戦争という「時間」を、私たちはいかにとどめてゆくのか。日米に橋を架 けて活動する著者から読者への問いかけのように思える。
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