〈アカデミー賞特集〉「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(C) 2008 Paramount Pictures Corporation and Warner Bros. Entertainment All Rights Reserved.
80歳で生まれた男が、どんどん若返る。蓬莱の地を求めた太古以来、老いに脅え続ける人間にとって夢物語だが、この映画が描くのは悲しみだ。
1918年、ニューオーリンズ。ベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)は、しわだらけの80歳で生まれた。親には「醜い」と捨てられ、老人施設で黒 人女性に育てられる。奇妙な「老人」である彼は、6歳の少女デイジー(ケイト・ブランシェット)とだけ気が合う。どんどん若返るバトンはやがて、車いすか ら立ち上がり、しわが減り、髪が増える。船員として海を渡り、恋をし、戦争へ。帰還後の45年、ハンサムでたくましくなったバトンと、バレエダンサーに成 長したデイジーは、適齢期で年齢がすれ違い、恋に落ちる。が、それも一瞬の夢、やがて遠ざかる。悲観したバトンは、デイジーの幸福を願って、悲しみの旅に 出る。
「もし、80歳で生まれ、ゆっくりと18歳に近づけたなら、どんなに幸せか」というマーク・トウェインの言葉に刺激を受けて、F・スコット・ フィッツジェラルドが20年代を舞台に書いた短編が原作になっている。19世紀を生きた作家の言葉を、20世紀が舞台の映画として21世紀によみがえらせ た。「不老不死」は時代を超えて、人を引きつけ続ける。
SFさながらの怪奇譚だが、極上の人生物語に仕上がったのは、老人から少年への「逆行」という難役を、ピットがいつものハネた演技を抑えているからだろう。それは、ピットとデビッド・ウィンチャー監督の息が合っていることも大きい。
2人は「セブン」「ファイト・クラブ」でタッグを組んでいる。ピットは「セブン」で、猟奇殺人犯を追いながら、追いつめられる刑事、「ファイト・ クラブ」では、自我が分裂した殺人犯の役。これらの共同作業の蓄積が今回、SFではなく、「価値ある叙事詩」(ピット)として実を結んだ。ピットは時間が 進む向きにかかわらず、「時が積み重なるという感覚は、人間が共有する普遍的なものだ」と、来日時に語った。
撮影場所はモントリオールやカリブ海、そして、ハリケーン・カトリーナによる被害からの復旧途中にあったニューオーリンズ。映画の中で、あからさ まに時間の経過を示したくないという美術監督にとって、ニューオーリンズの町はぴったりだったという。また、ベンジャミンの服装は、40年代はゲイリー・ クーパー、50年代はマーロン・ブランド、60年代はスティーブ・マックイーンにヒントを得た。リアルを求める裏側の「遊び」も、楽しい。
ところで、若返り続けた果ては、子宮の中へ逆戻りするのか。辻褄から言えば、そうなる。つまり、ピット演じるベンジャミンは永遠の生の象徴ともい える。チェコの作家カレル・チャペックの名戯曲「マクロプロス事件」には、妙薬で337歳を生きる舞台女優が登場する。この妙薬の処方箋を、人々は燃やし てしまう。永遠の生の中では魂は死ぬ、虚無に耐えられない、300年も人を愛せない、人生は短いからこそ愛や誠実が信じられるのだ、と。そして、結論を出 す。
「生命は短くない。われわれが生命を生み出す原因でありうる限りは…」
ベンジャミンとデイジーの間に生まれ子は大人になり、今や老衰したデイジーの枕元にいる。その娘が母の日記を読みながら、両親の回想の物語がつづられていく。(アサヒ・コム編集部)
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