2009年2月3日火曜日

asahi shohyo 書評

パスポートの発明—監視・シティズンシップ・国家 [著]ジョン・トーピー

[掲載]2009年1月25日

  • [評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)

■国家が国民識別、移動管理も可能に

 外国へ旅行するときは、誰でもパスポートを取得しなければならない。そうでないと出国もできないし、相手国でも入国させてもらえない。今では常識となっているこのことは、100年前には少しも当たり前ではなかった。

 本書は、パスポートの起源をフランス革命から説き起こしている。封建的な社会では人は容易に移動できなかったのに対して、移動 や旅行の自由が基本的な権利として要求された。その一方、反革命派の移動を規制する必要もあって、揺籃期(ようらんき)の議論が揺れていた様子が克明に描 かれている。

 19世紀の産業資本主義と自由主義の発展は、国内的にも国際的にも労働者や移民の移動を促進した。100年前の世界は今より、はるかに移動が自由だったのである。「80日間世界一周」にも、パスポートは必要なかった。

 ところが、2度にわたる世界大戦がパスポートによる移動の管理をきわめて強固なものにした。さらに戦後の国際社会では、パスポートの様式が国際的に水準化されるようになった。各国が勝手な様式を使っていると、パスポートの信頼性は高まらない。

 このような制度の発展は、国民国家という仕組みが世界に広がり、近代国家が排他的に国民を識別するようになったことと軌を一に している。しかし著者の主張は、国民国家がパスポートを生み出したというよりも、書類によって身元を明らかにさせるパスポート制度を使って、近代国家が国 民を識別し、その移動を管理できるようになったことが、今日の国民国家の形を決めたという点にある。

 本書はパスポートというものの誕生を扱った博物誌ではなく、パスポートを通した国民国家論である。現代の国家にとって国内における通貨とならぶほど、パスポートの発行権が重要だ、という主張は刺激に富んでいる。

 それとともに、難民のようにパスポートを得られない者にとって現代世界がどれほど生きにくいかも、よく描かれている。グローバル化時代について考える上で、好著であろう。

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 藤川隆男監訳/John Torpey 59年生まれ。米国の社会学者、大学院教授。

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