2009年1月20日火曜日

asahi shohyo 書評

ポール・ヴァレリー [著]ドニ・ベルトレ

[掲載]2009年1月18日

  • [評者]柄谷行人(評論家)

■抽象的「知性」の人の実像を淡々と

  ヴァレリー(1871〜1945)は、戦前のフランスを代表する詩人・思想家であった。つまり、デカルトの衣鉢を継ぐ者であった。1930年代には、フラ ンスの「知性」を代表し、ジュネーブの国際連盟に属する「知的協力委員会」の議長として、和平のために活動した。むろん、この活動はむなしく敗北に終わ り、フランスはナチス・ドイツによって占領されるにいたったのである。フランスが占領から解放された翌年に、ヴァレリーは死去した。

 奇妙なことに、ドイツから解放された戦後フランスは、逆に、ドイツ哲学によって占領された。占領はサルトルからラカン、デリダ にいたるまで続いた。それが標的としたのは、まさにデカルト=ヴァレリーであった。近年において、ドイツ哲学の占領はようやく終わったようだ。だが、ただ ちに、ヴァレリーの復権、フランス的知性の回復、というわけにはいかない。それがいかなる歴史的文脈にあったかを見なければならない。

 この大部の伝記は、抽象的な「知性」の人、ヴァレリーが本来、政治的には国家主義者であり、反ユダヤ主義者でもあったこと、また、ドイツの占領に協力したペタン元帥と友人であったことなどを、数々の恋愛や社交界の出来事とともに、淡々と記している。

    ◇

 松田浩則訳

表紙画像

ポール・ヴァレリー 1871‐1945

著者:ドニ ベルトレ

出版社:法政大学出版局   価格:¥ 9,240

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