民族とネイション—ナショナリズムという難問 [著]塩川伸明
[掲載]2009年1月18日
- [評者]赤澤史朗(立命館大学教授・日本近現代史)
■国民国家の実態見る視野の広さ光る
世界各地で民族紛争が火を噴き、日本でも依然として周辺諸国との対立の芽が残る中で、ナショナリズムへの関心は高いものがある。本書は国民国家とナショナリズム問題の入門書である。
国民国家はヨーロッパで生まれて、ついには全世界に普及したシステムだった。この国民国家を形成しようとする運動がナショナリ ズムである。しかし国民国家はその普及の過程で、それぞれの地域の歴史的な条件の違いから、さまざまな異なるあり方に着地する結果となった。言語や文化が 共通と自覚されるエスニックな集団と国民国家との関係も、一様ではなかった。国家がいかなるエスニック集団にも依拠しないというタテマエに立つ国も生まれ る一方、国家がエスニック集団を基礎とした国もあった。
今日、ナショナリズムとはなにかをめぐっては、大きな対立や論争がある。しかし本書はそうした一般理論の対立を整理しながら、 その論争の整理に主眼を置いていない。それはこの理論対立が、それぞれの理論を構築する際に、論者が内心でモデルとしていた国民国家の実態の違いに根ざし た面があると考えているからである。
その上で本書は、各地域での国民国家の形成のあり方の実態を重視して、そこから中規模程度の理論化を試みている。著者は多民族国家である旧ソ連やロシアの専門家として知られた学者だが、こうしたやり方は著者ならではの接近法といえよう。
著者から見ればナショナリズムの一般理論は、考察の貴重な導きの糸となるものだが、どの理論も一定の留保や但(ただ)し書きが 必要なものであるようだ。ナショナリズムを「良いナショナリズム」と「悪いナショナリズム」に二分する議論があるが、本書はどの二分論にも懐疑的だ。
エスニシティー問題の解決の万能薬はないが、民族紛争の発火や拡大を抑える対症療法的な歯止め策こそが大切だというのが本書の立場だ。歴史的な実態から出発して、国民国家やナショナリズムの理論を再検討した、視野の広さが光る本といえよう。
◇
しおかわ・のぶあき 48年生まれ。東京大学教授。『ソ連とは何だったか』など。
- 民族とネイション—ナショナリズムという難問
著者:塩川 伸明
出版社:岩波書店 価格:¥ 777
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